第45話

 過去に四度、従妹となるアリサに対する度重なる虐待を理由に捕まった私は、牢に入れられた。

私が捕らえられた事がきっかけで公爵家に捜査が入り、数々の汚職、横領、国家転覆を企てた証拠が押さえられる事となり、一族は捕縛、公爵家は没落が決定したという事を、牢の外からアルヴァ殿下とアリサがいちゃつきながら嬉しそうに報告してきたのだった。


「嘘です!私はアリサを虐めていません!」

「我が家が国家転覆を企てるわけがありません!」


 牢に入った時点で、私の声が何処かに届くなんて事があるわけがない事は、何度も繰り返しているから気がついていた。

 我が家を帝国へ逃亡させようとしてもうまく行かないし、結局、デビュッタントのパーティーでアリサが現れると、殿下は魅了されたようにアリサの元にはべり、私の元から離れていく。そうして、何度も、何度も、私の方から婚約解消、婚約白紙、婚約破棄を申し出ても、受け入れられる事は一度としてない。


「アリサを虐めるお前は国母にはそぐわない!お前にはここで!婚約破棄を宣言する!」


毎度、毎度、何処かしらのパーティーで宣言されてからの拘束、勾留、処刑、どこのパーティーで宣言されるか分からないから、結局、いっつも、同じ展開となってしまう。


 ああーーーーーー・・ギロチンは嫌だ!もうギロチンだけは食らいたくない!このギロチンは何回目になるの?今度もギロチンを食らうことになるわけ?


今度のループでは、殿下の記憶も早めには戻らないかもしれないから、通常パターンでのギロチン刑が連続で続くことになるのかも。もうだめ、頭がおかしくなりそう、死んだ方がまし、いや、全く死にたくないんだけど!


「はっ!」


 頬を叩かれて目を覚ますと、地面の奥底から轟くような声が世界を満たしている事に気がついた。

 私の頬を叩いたのはアテネウム人の男、私の前で跪いて祈りを捧げているのは、修道女の衣服を身につけたアリサで、木製の台の上で、手を後に縛り付けられた状態で自分が転がされていることに気がついた。


 王城広場、噴水横のに設置された処刑台を取り囲むようにして集まった聖騎士やレイヴィスカ教の信徒、避難ぜずに残る事を選んだ王都の民。


 祭司服を身に纏った男が朗々とした声をあげる。

「聖女とは光、聖女とは神聖なるもの、聖女とは癒しの力を持つ乙女たるもの、聖女たる規範に逸脱した存在でありながら、自らを『予言の聖女』と名乗り、都合の良いように王家を動かしたる悪女!イスヤラ・エーデルフェルトの悪意ある行動によって!我らが指導者である祭司長様!神官様方々が捕らえられる事となったのです!正義は何処にあるのですか!悪は何処にあるのですか!あなたたちにはすでに見えているのではないですか!」


 私に祈り捧げていたアリサは、笑みを浮かべて、

「じゃあね、予言の聖女様、バイバイ」

と言うと、厳かな佇まいで移動をして、祭司の男の横に並び立ち、涙を流しながら訴える。


「皆さん聞いてください!聖女イザベラ様がおっしゃいました!辛くて辛くて仕方がないと!聖なる騎士様たちが傷ついて帰るのを出迎えるのが辛くて仕方がないと!」

 無理やり引き起こされながら、集まった人々の顔つきが変わっていく事に気がついた。

「傷ついて戻る騎士たちを治療しながら涙を流されるのです、どうしてこうなってしまったのかと、どうして人は傷つかなければならないのかと」


 前の処刑と違っている事には気が付いていた。前回までは私は完全なる悪女であり、説明する間でもなく、公爵家の謀反は国中にも広まるスキャンダルとなっていたから。王城広場に集まった人々は、横領をして税金を私的なことで無駄に浪費した私や公爵家を恨み、石を投げてその憎しみを発散した。

 だけど、今回は違う。

 公爵家は悪ではなく、暴力に晒される王都に対して食糧支援すら行なっているのだ。だから、私は完全なる悪ではなかったのだけれど、今、ここで、アリサが私を完璧なる悪にする。


「予言の聖女様が現れてから、全てが変わったのだと思います。本来なら聖女は神殿の管理下に置かれなければならないはずなのに、王家の元、公爵家のもとで保護をされる事になったのです。教会は予言の聖女様に対して一切の介入が出来ない中で、予言の聖女様の進言により、我らが指導者が捕まる事となったのです」


 美しいアリサは、まだ幼い聖女イザベラよりも、よほど聖女らしく見えただろう。

 曇り空から差し込む太陽の光がアリサを照らして、ピンクローズの髪の毛がキラキラと輝いて見える。


「予言の聖女様は、王家とレイヴィスカ教との距離をどんどんと離していく事に終始されました。王家から教会を離すことによって、民から教会を離そうとしたのです。それは何故なのか?光の神に反するものだから!予言の聖女様が光に反する者!闇の加護を得た者だから!」


 人々が息を呑み込み、

「魔王・・・」

「魔王の加護を持つ娘・・・」

と、呟き始めた声を聞いたアリサが、いつも見る、歓喜に震えるような笑みを口元にひっそりと浮かべた事に気がつきました。


 ああ・・これで・・ギロチンは何回目?

「うわぁああああああああああああああああんん」

 絶望しかありません。

「殿下!殿下!助けて殿下――――〜!」

 子供みたいにギロチン台の前で大泣きしたのはじめてのこと。


「アルヴァさまーーー!アルヴァさまーーー!助けてーーー!アルヴァ様―――!」

 唖然とした顔でアリサが振り返った事に気がついた。

 そうですね、公爵令嬢なのに淑女らしさのかけらもないですよね?もはや5歳児でもこんな泣き方しないかも。

「うわあああああああああん!アルヴァ様―――助けてーー!ギロチンいやーーー!」


 本気でギロチンは嫌なんです。

 これからあの木の枠の中に首を置いて(木がささくれだっているとその先が首に突き刺さって痛いんですよ)枠を閉じられて、刃を持ち上げていた縄を切ってドスンです。


「うわああああああん!ギロチンいやーー!アルヴァさまー!アルヴァさまーー!」


 涙と鼻水ですっごいです!14歳!淑女の号泣!後手で縛られているから顔は拭けないし、大衆に向けて晒されたままだし、太陽は眩しいし、その光を浴びて、鋭い刃物もギラギラ光っている。


「ぎゃーーーーーーー!助けてーーー!アルヴァさまーーーー!」


もはやパニック状態でアテネウム人に押さえつけられながら叫んでいると、何かが飛んできて縄が切断されて、すぐ目の前でギロチンの刃がドスンと音をたてて落っこちた。


ギロチン台の後方は神殿に仕える人々が並ぶ観客席みたいな形になっていたんだけど、その中を駆け抜けてきた黒馬に跨っていた黒い塊が、馬上から宙を飛ぶと、短剣を閃かせて私を後ろから羽交い締めにしようとしていた男の首を、そう、首を、あっさりと切断したのだった。


 体勢を崩して床に倒れそうになる私を抱き寄せると、後ろ手に縛るロープを切断したアルヴァ殿下は、

「ああ!間に合った!間に合った!間に合った!間に合った!」

と言って私の両頬を自分の両手ではさみながら(おそらく首が繋がっているか見ているみたい)何処にも怪我がないか確認される。


 いつの間にか人々は逃げ惑うようにして後ろにさがり、帝国の旗を掲げる騎馬隊が、教会関係者を踏みつけながら処刑台を取り囲み、舞台にいた祭司が怯えたようにしゃがみ込むと、アリサは魔道士のローブを着た男の人に取り押さえられた。


 みんなが唖然とした様子で処刑台を見上げる中、悠然と馬から降りて、処刑台へと上がってきたのが皇帝の第一皇子であるスヴェン殿下その人である。


「私は帝国の皇子スヴェン!ここにヴァルカウス王国の教会組織が道を踏み外したことを宣言する!」


 処刑台の前をぐるぐると回っていた帝国の騎兵は、殿下のお言葉を聞くために馬を止めると、壮大な舞台の上で何かが始まりそうな、そんな予感に囚われる。


「影では人身売買を行い!賄賂を集め、意見に反する者は異端として拷問に処する勝手な行為を行い!我が国の枢機卿を騙し!金を集め!私腹を肥やした上に、今度はヴァルカウス王国を隣国アテネウムへと売り渡す事を決意した!」


 私を抱きしめていたアルヴァ皇子が、足元に転がった男の首をスヴェン皇子の方へと蹴り出すと、その首を手に取った皇子は高々と上げた。

「この男の顔を見よ!アテネウム侯国第四王子!カスパール・フィル・アテネウムのものだ!教会がアテネウムの手先であったのはこれが証拠だ!」


 アテネウム侯国と帝国が王国を二分割にして統治するなどという事を知る者はごく一部であり、多くの民は、他国からの侵略など求めてはいない。


「我が帝国は利用された!王国に攻め入る好機を掴むために、アテネウムに利用されたのだ!決して我ら帝国はヴァルカウス王国を見限ってはいない!大切な隣国であり、同盟国でもある!帝国はヴァルカウス王国の友であり続けることをここに宣言しよう」


 わ〜―っと民衆は盛り上がっているけれど、殿下はめちゃくちゃ不満顔で言い出した。

「宣言してくれるのはいいけど、後できちんと証文とってやろう。よくもまあ、いけしゃあしゃあと言ってくれるもんだとは思うけど」


ああ・・殿下だ・・殿下だ、殿下だ、殿下だ、殿下だ、殿下だ、殿下だ!


「行かないで!」

「うん?」

「アリサ・ハロネンの方には行かないで!」

「行かないよ!絶対に行かない!」

 私たちはお互いに、ぎゅうっと抱きしめ合ったので、拍手がわきおこっている。


 ちょっと困ったような様子でこちらを見るスヴェン皇子の瞳には、私に対しての恋慕の情みたいなものなど欠片も見えない。

 やっぱり、皇子は私なんてどうとも思っていないじゃない!

 そんな事を考えていると、

「他の男なんて見ないでよ」

殿下の胸に顔を押し付けられて、殿下の衣服は私の涙と鼻水でベタベタになってしまった。


「アルヴァ王子、スヴェン皇子、傾国の美女(または魔女)は私の方で責任を持って回収しますから、後の事はよろしくお願いしますね」

そう言った魔道士さまはアリサを連れて、さっさと馬に乗って移動して行ってしまったので、

「バイバイ、アリサ、二度と戻ってこないでね」

と、口の中でつぶやいた。

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