第44話
「イスヤラ様!イスヤラ様!いやだ!連れて行かないで!」
湿った空気に満たされた王宮と神殿を繋ぐ秘密の通路を進んだその先には、土がむき出しとなったままの地下の墓地があり、そこから狭い階段を上がった先で、スーリヤ姫と引き離された。
スーリヤ姫は、仲の良い聖女イザベラと共に移動して行ったので、今すぐ傷つけられるという事はないだろう。
命の危機に瀕しているのはこの私、イスヤラ・エーデルフェルトであり、私の腕をものすごい力で掴みながら進んでいくのはアリサ・ハロネン。
修道女の衣服に身を包みながらも、後髪から溢れる艶が行き届いたローズピンクの髪は色っぽいし、長いまつ毛の下で輝く瞳は美しく、興奮で頬を紅潮させているその顔は、さすが『傾国の美女(または魔女)』と呼ばれるのに相応しいものだった。
現在、アルヴァ王子が15歳、私が14歳、という事は、アリサは私の一つ年下なので13歳という事になるだろう。
過去4回ともに、アリサとは王宮の舞踏会で行われるデビュッタントで初めて顔を合わせていたというのに、もう、接触する事になっちゃうわけ?
ぎゃーーーっ!嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ!アリサは私の鬼門なのよ!毎度毎度!ゴキブリみたいにひょっこり顔を出してくるんだから!ハッとしてゾッとして、全身がガタガタガタガタ震えて、使い物にならなくなるんだからやめてー!
「ねえ!あなたんちで、私のお父様を保護してくれたんでしょう!毒を飲ませて殺そうと思ったらすでに居なくなっているからびっくりしたわあ!」
私を引きずるようにして歩いていたアリサは、私の方を見てにっこりと笑うと言い出した。
「今何処に居るの?どこで匿ってるの?お金がなくなっちゃったものだから、勝手に売り払った私たち親子の事を、何か言ったりしていなかったぁ?」
ひーーーーっ!お母様が子供を連れて男と逃げたんじゃなくって!お金がなくて、思わず売っちゃったってことなわけ?
「本当に大変だったの!娼館を飛び出して、逃げようとしたら捕まって、そこからは帝国にも行ったし、アテネウムにも行ったし、ハルカラ山にも行ったのよ?本当に大変だったの!」
アリサは14歳とは思えない大人びた表情でため息を吐き出すと言い出した。
「復讐は!忘れちゃいけない事なのよ?後で何処に居るのか教えてくれると嬉しいんだけどぉ?」
「教えます!教えます!余裕で教えますから!助けて!ねえ!助けてください!」
「あらっ、助ける事は出来ないのよぉ!」
アリサはニコニコ笑いながら目の前の扉を開けると、大理石のタイルで囲まれた、無機質な部屋に並べられる様々な拷問器具を見つめながら言い出した。
「ここはね、教会で捕らえた異端者たちを拷問する場所なのよ?」
後ろから突き飛ばされるようにして中に入ると、アリサの護衛らしき男が大きな扉を閉めて、扉の前を塞ぐようにして立つ。
「ご・・ご・・拷問・・これから拷問されるんですか?」
過去ではすぐに王宮地下の牢に閉じ込められるので、この場所で拷問を受けたことはなかったなあ。
「あら!あなたは予言の聖女様なのでしょう?」
アリサはニコニコしながら、よく分からない鉄の像みたいなものを中央から開いて、
「何百本っていう鉄串に突き刺され、挟まれながら死んでもいいし!」
と言いながら、今度はよくわからないドリルのようなものを両手で掴み上げて、
「下の穴からおへそくらいまでこれで穴を貫通させて死なせるのも面白そうだけど!」
この人は正気なのだろうか?
はしゃぐようにぴょんぴょん飛びながら、どうやって殺そうかと考えあぐねている姿は狂気にしか見えない。
確かに、毎度、ギロチンを食らう時には、怯えたようにアルヴァ殿下にしがみつきながらも、口元に浮かぶ笑みや、処刑台を見下ろす時に瞳に浮かぶ歓喜と嘲笑は四度とも同じだったけれども、ここまで異様に見えるのは初めてかもしれない。
「ヴァルカウス王国は聖女信仰が厚い国でしょう?聖女とは癒しの力を持った乙女の事を言うのに、あなたは癒しの力を持っていないのに聖女呼ばわりしているのだから!信仰を妨げたとして残虐な死に方をしないと信者さん達も納得しないじゃない!」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
今生では初対面ですよね?
私、殿下を間に挟んで取り合った事すら一度としてないのに!もう!その規模の殺意を向けてくる訳ですか!
「やっぱりギロチンじゃない?この国の処刑って言ったらギロチンでしょう?」
扉の前に立っていた護衛の男が、突然、アテネウム訛りの言葉で言い出した。
「確か、ここにも簡易版のギロチンがあったでしょ?」
はああああああああああ?何を言っちゃってるのこの男?
「えーー?でもぉ?ヴァルカウス王国って議会でギロチン廃止を決議したとか言ってなかったぁ?ギロチンは全て壊して、刃物は豚の屠殺場に寄付したとかなんとか聞いたことがあるんだけどぉ」
アリサの言う通り、殿下のゴリ押しでギロチンはこの国では廃止になったのよ!
ノーモア・ギロチン!ギロチンだけはやめよう!
「公で使うものは廃棄されたけど、ここの神殿は趣味が悪いから、議会で決まったとしても廃棄せずにとってあったんだって!」
アテネウム訛りの男はそう言って、ズカズカと部屋の中に入って行くと、有象無象ある拷問器具の向こう側から、倒れたままで放置されていたと思われる二メートルほどの大きさのギロチン台をわざわざ引き起こしながら言い出した。
「王城広場で偽物聖女を公開処刑するんだろ?だったら、一般的な処刑方法の方が庶民ウケするだろう?」
「刃物が高い所から落っこちて、ズバッと首が目の前で切り落とされるのが醍醐味だもんねぇ、王家には従わないって言っているんだからぁ!その処刑方法の選択はアリかも!」
殿下はわざわざ、私がギロチンで死なないようにする為に、法務大臣まで丸め込んで魔法契約を結び、絶対に自分はギロチン刑なんてものはやらないって宣言してくださったし、法案をまとめてギロチン廃止を進めてくださったし、壊したギロチンの木材は燃やして芋まで焼いてくださっていたのよ。
私はそんな芋、気持ち悪くて食べる事はできなかったけど、下町の子供達は喜んで食べていたわよね。
これでヴァルカウス王国からはギロチンが消滅したと思ったのに!教会の!秘密の部屋に保管って!馬鹿じゃないの!レイヴィスカ教!
「あらあら!ギロチン刑が嬉しくて嬉しくて涙が出てきちゃったの?」
下から覗き込むように見あげたアリサがキャハハッと嬉しそうに笑い、
「髪はどうする?ギロチンするなら偽聖女の髪は短く切った方がいいとは思うんだが」
と、アテネウム訛りの男っていうか、アテネウム人の男が言い出すと、
「ダメダメダメダメ!髪の毛短くしちゃったら!お貴族様だってみんなに理解してもらえないもの!この銀色の長い髪の毛がふわっと舞いながら首とおさらばして飛んで、籠の中に落ちるまでがエンターテイメントなんだから!」
と、アリサが言ったところで、目の前が真っ暗になった。
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