第43話
「レイヴィスカ教の祭司および神官は、ヴァルカウス王国を裏切り、敵国であるアテネウム侯国へと寝返った為、王城地下に現在幽閉の身となっています。祭司長及び神官長たちの幽閉に対して帝国は許さず、ヴァルカウス王国の大使として向かった僕は、帝国にて毒杯を賜ったという噂が流れていたのですが、僕が黒龍騎兵団を率いてここまでやって来ているのは王都でも認知されているようで、僕が死んだという噂自体は解消されました」
王子は私に話しかけながら、皇子や親衛隊に語りかけているのだな。
「帝国に逆らえば国が滅びる!国を滅ぼそうとする王家など我らにはいらない!レイヴィスカ教を国教から外そうと考える王家は滅ぼそう!と唱えているのが教会派の貴族たちの言い分であり、王都に集まり、王城を解放させようと躍起になっている私兵部隊は自らを聖騎士と名乗っています。その数は現在一万五千といわれています」
「一万五千?それじゃあ、こちらの五倍近い数になるじゃないか!」
王子率いる黒龍騎兵団は三千、スヴェン皇子は相手との数の差に驚いたようだ。
「こちらに兵力を集結する事は出来ないのか?負ける事になるぞ?」
「殿下がそのような事を仰りますか?」
アルヴァ王子は射抜くような瞳でスヴェン皇子を見つめた。
スヴェン皇子がイスヤラ姫に執着して、姫を自分のものにする為にヴァルカウス王国を滅ぼそう等と考えなければ、このような事態にはなっていなかった。
教会派の貴族が反旗を翻したのも、帝国の第一皇子であるスヴェン殿下が後ろ盾となると考えてのもの。王国はアテネウムと帝国で二分割統治する未来はほぼ決定事項となっており、そこで甘い汁を吸うために、王都陥落という無茶な手に出ているのは間違いのない事実。
「戦力差が気になりますか?ですが、我が国は現在、西方の国境線にてアテネウム侯国との戦が始まっているのです。帝国に向かった僕を万が一の場合には救出する為に東に集結させていた黒龍騎兵団3千だけが、今、僕が動かせる兵力。がら空きとなった王都に集結した聖騎士団の連中は、満足に輜重隊を編成する事もせずに王都入りをしたので、略奪の限りを尽くしているのが現状。あなたの思った通りに、全ては順調に運んでいるという事でしょう?」
これは全て、スヴェン皇子が引き起こした事だ。
帝国は強大な力で他国を侵略する事が出来るが、その強大な力に晒された国が、その国に住み暮らす民がどのような被害を受けて行くのか、それを部下からの報告という形ではなく、目の前に突きつけられる事で、殿下は唇を噛み締めながら、自分の両手を強く握りしめた。
皇子と共に派遣された親衛隊も、今では皇子の差配でヴァルカウス王国が滅亡一歩手前の状態となっている事を知っている。アルヴァ王子の機転で皇妃の毒殺が免れたという事も知っているし、その事に恩を感じた皇帝が、王国を滅亡から救い出すようにと、まずは信頼のおける部隊を皇子と共に派遣したのだという事も理解している。
アルヴァ王子はため息を吐き出して、小さく肩をすくめて見せると、私の方に視線を向ける。
「話は変わりますが、大魔導師殿の天罰行為が効果を発揮しているようで、民心は離れ、胡散臭さを感じていた聖騎士たちに対して見切りをつけ始めたようです。元々、王都での略奪行為は問題視されていて、王都からの避難民はエーデルフェルト公爵領へと移動を続けています。王都の民に対しての直接的な食糧支援を開始しているのもエーデルフェルト公爵となるため、スヴェン第一皇子を後ろ盾とする教会派貴族よりも、皇帝の妹を伴侶とするエーデルフェルト公爵につく人間が増えています」
「うぐ・・・」
青紫色の顔をしながら、スヴェン皇子がうめき声をあげる。
「現在、黒龍騎兵団の中に帝国軍が加わっていると言う噂も王国中に広がっています。これはヴァルカウス王家が帝国から見切りをつけたという噂を掻き消す力にもなっているでしょう」
皇帝が末姫を愛していると言うのは有名な話のため、エーデルフェルト公爵の妻であるイングリッドを保護するために、公爵家を擁護するために、帝国が動き出したとでも思われているのだろう。
「ここまで帝国の方々にはついて来て頂き、感謝を申し上げます。後は我らにて王都の解放を致しますので、帝国軍の皆様には鎮圧までここで待機していただければと思います」
ヴァルカウス王国の王子は帝国の力をアテにしない。
大魔導士の力も最低限にしか使わない。
こちらを尊重しての事と言われればそれまでだが、忸怩たる思いが皆の胸の中に広がっていくのが分かる。
「嫌だ!そんなのは嫌だ!」
「殿下・・」
「俺は行く!一人でも・・一人でも王都に向かう!」
違う・・あまりにも違いすぎる。
同じ歳の皇子と王子のはずなのに、役者が一枚も二枚も違う、まるで大人が子供を相手にしているように、憂いを含んだ瞳でアルヴァ王子はスヴェン皇子を見る。
「行ったところで王都の中は血塗れですよ、見なくて良いものまで見る事になる」
「それがなんだと言うのだ!俺だって役には立てる!」
「別に殿下が役に立たないと言っている訳ではない、貴方が優秀な皇帝となるのを僕は知っていますから」
そう、アルヴァ王子は決してスヴェン皇子を下に見ている訳ではない。自分よりも格上の存在として見ている事にも気が付いていた。
「親衛隊の方々はどのようなお考えですか?」
アルヴァ王子の問いに、親衛隊長が跪きながら答えた。
「我らは皇帝よりヴァルカウス王国の保護を命じられております。王国が敵の攻撃を受けているというのならば、我ら一丸となって敵を退ける所存にございます。そしてこれは、以前はどうであれ、現在の殿下のお気持ちでもあります」
「うーーーん・・・」
本当に、我々帝国軍には始末をつけるまで外で待ってもらうつもりだったのだろう。
たった3千の部隊で、王都に立て篭もった一万五千の軍を相手にして、王都奪還を狙っている。そこに帝国軍百の助力など何の足しにもならないのかもしれないが、我々はここまで見学をするために来た訳ではない。
百といえども帝国きっての精鋭であり、私自身、帝国で最大の力を持つとまでいわれる大魔導士でもあるのだ。
アルヴァ王子は胸の前で腕を組み、しばらくの間、考え込むと、
「親衛隊の皆さんに約束願いたいのですが、我々から貴方たちへの伝令はカピアの人間を使います。ヴァルカウス人は使いません、カピアの人間のみを使います」
紫水晶のような瞳を向けて、親衛隊を見渡した。
「聖騎士と名乗る者たちは、王都へとやってきた帝国の兵を自分たちの都合の良いように動かしたいと思い、我らヴァルカウス王国軍のふりをして近づいて来る事もあるでしょう。ですが、我々は王都内ではあなた達の自由な動きを阻害しない。何かあればカピア族を送ります」
我々の動きを阻害しないとはどういった事だろうか。いいの?そんなことを言っちゃって?
「王都侵入まで同道いたします。僕は今回に限って黒龍騎兵団と同じ漆黒の鎧を着て出陣しますので、敵と味方の判別は簡単な事だと思います。帝国といえど、内部に不安要素を抱えているのは事実。この度は自国にクーデターが起こったらどうなるのかというところを存分にあなた方には見て頂きたい」
ああ、我々の護衛にわざわざ異民族であるカピア族をつけたのは、この先を読んでの事だったのか。そして、我らにクーデターの現実を見せようと、15歳とは思えぬ配慮が胸に染みた。
「私はあなた達の力を見損なっていた訳ではない、あなた達の役目がスヴェン皇子を守る事と思ったからこそ、そのように配慮した。だが、今、親衛隊長殿は我々と戦うと申し出てくれた、共に敵を退けると申し出てくれた、それはあなた達の総意で間違いないのか?」
いつの間にか周囲を取り囲むように集まっていた帝国の人間が、恭しく跪き、
「総意にて間違いありません!」
と、申し出た。
「ならば共に戦おう!明朝!王都奪還を目指す!」
「おぉおおおおおおお!」
わざわざ敵の配置図を説明付きで見せたのも、こちらの戦力を馬鹿にする事なく尊重した上で、戦うか、戦わないかの選択を目の前に差し出したのも、自国の喫緊の問題であるクーデターに対して、とりあえず見学をしてみたらどうかと言い出す豪胆さも、
「マジなのか?あれで15歳だよな?」
どこかの誰かが言葉を漏らしていたけれど、本当にそう思います。
こうなってしまっては、帝国の威信をかけて、本気で戦わなければならないじゃないですか。
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