第42話

私は帝国所属の大魔道士、ファレス・マットソン。スヴェン第一皇子の後見人であり、皇子が後継者として相応しいかを見届ける役を担っている。


 スヴェン皇子が自分の従妹であるイスヤラ姫に執心し、隣国ヴァルカウス王国を手中に収めるために、様々な手に出ているという事は知っていた。

 策に麻薬を取り入れるという部分については眉を顰めたくなる部分もあったものの、為政者として最小限の負担で最大限の成果を出すのであれば、こちらが横から何かを言うべき事ではないと判断して見守る事にした。


 皇子の行動が第三者による介入によって生じたものである等とは思い付きもせず、ただ傍観に徹していたが為に、ヴォルカウス王国どころか帝国までも存亡の危機に陥るところだったのだ。


「皇妃を失った貴方は絶望し、全てを捨てて、己の命を絶つ事を選んだ」


アウグストは皇妃を心底愛している、それは籠の中に閉じ込めて、その生涯を自分だけの物として独占したいと願うほどに。 

 もしも皇妃が死んだとあれば、おそらくあの男は何の躊躇もなく後を追うだろう。そのような不幸な結末を導こうとしていたのが『傾国の美女(または魔女)』というのなら、私は絶対にそのものを排除しなければならない。



「うぉおおおおおおおおお!」



 横列となって待ち構えていた領主が率いる部隊に対して、一番先頭を切って馬を走らせたのがアルヴァ・ヴァルカウス王太子。

 桐の先端のように相手を蹴散らして突破したのがアルヴァ王子と、その左右につく黒龍騎兵団団長グスタフとカピアの戦士アメフトジャンであり、突破した穴から次々と走り抜けた騎兵団は再び弧を描きながら戻ってくると敵の中列を突破。

 蛇行を繰り返すように敵を踏みつけ、穴を開けていく様を眺めていると、

「戦とは王子自ら先陣を切らなければならぬものなのか?」

と、スヴェン皇子が愕然とした声を上げた。


 帝国との国境に布陣を続けていた黒龍騎兵団3千は、帝国から戻ってきたアルヴァ王子を迎え入れると、帝国の親衛隊百など視界にも入れずに、黒々とした竜が炎をあげる旗印を掲げながら馬を走らせ始めた。


 我々帝国の人間は、白地に美しい青や赤色の刺繍を施された民族衣装に身を包んだ騎馬民族に囲まれるようにして進軍する事となったのだが、

「西方より奇襲!西方より奇襲五百!」

斥候の報告を受けるなり、騎馬二十が飛び出していく。

 彼らが持つのは火薬の詰まった袋であり、森から飛び出して丘を駆け降りる敵の騎兵部隊に対して投げつけると、激しい爆音で馬が暴れ、竿立ちとなって倒れ、みる間に敵が崩れていく。

「アルヴァ殿下こそ正義!」

「反逆者に正義の鉄槌を!」

 彼らは酷く訛ったヴォルカウス語でそう叫ぶと、残りの騎馬部隊もまるで集団で作り上げた生き物のように敵を蹴散らして戻ってくる。


 アルヴァ殿下率いる黒龍騎兵団も、異色のカピア族の戦士たちも、とにかく戦いに慣れている。

 その中でも一番戦に慣れた猛者と言えるのがアルヴァ王子であり、いつでも金色に輝く鎧を着て、敵の目を自分の方へ集中させながらも、縦横無尽に騎兵団を動かして敵の隙を突き、短期決戦で蹴散らしていく。


 彼の配下であるミッコが輜重隊を絶妙な配置で動かして行くため、我々は食事に困る事もなく、毛布にくるまって時には仮眠をしながら、王都に向かって順調に進むことが出来たのだ。


 教会派の貴族が所有する戦闘部隊は概ね王都に入っているという事もあり、こちらを邪魔するために用意された部隊も最初の二千が最大で、後は五百から多くて千といった部隊の奇襲を蹴散らしながら進むのに、帝国の部隊百は物見湯山状態で馬を走らせているだけだった。


「ファレス大魔道士、俺だって戦いたい!俺だって戦いたいのだ!」


 皇帝より己の名誉の挽回を誓ってヴァルカウス王国まで来る事になったスヴェン王子は、他国との戦闘という意味でいえばこれが初陣という事になるだろう。

 だというのに、親衛隊百に囲まれた状態で、時にカピア族に守られながら馬をただ走らせるだけの状態に嫌気がさしているのには気がついていた。

 王族が先頭に立って戦うなんて事は異常そのものだというのに、アルヴァ皇子のあれが、敵軍との戦闘においての標準だとスヴェン殿下に思い込まれたら厄介だ。


 今では親衛隊の人間でヴァルカウス人やカピア族を蔑む人間は誰もいない。それほど彼らの戦い方は、大軍で取り囲むようにして戦う帝国のやり方と違うのだ。


「スヴェン皇子、大魔道士殿、明日にはようやく王都に到着する事となります」


 先程まで鎧が返り血で真っ赤になっていたアルヴァ王子が、川で体を洗って着替えを済ませてきたようで、シャツとズボンにブーツという簡素な姿でこちらの方へと歩いてきた。


 その両脇にはグスタフ黒龍騎兵団長とカピアのアメフトジャンが常に控えている。背が高くて筋肉質の騎兵団長と、背はそこそこの高さでも筋骨隆々で横に広いカピアの族長に挟まれているため、まだ15歳と年若い王子は儚げに見える。


 黄金に輝く髪に紫水晶のような瞳を持つアルヴァ王子は中性的で、一見、女性的な美しさを持つようにも見えるのに、老獪とも言える思考の深さと狡猾さ、発狂したように迫り来る敵が間近に迫ったとしても、眉ひとつ動かす事なく敵を駆逐する豪胆さを併せ持つ。


 傾国の美女(または魔女)から呪いを受けたと豪語するこの目の前の王子は、私やスヴェン皇子、親衛隊の幹部たちに見えるように地図を広げると、間諜が仕入れてきたと思われる敵の部隊の規模や配置を書き入れていく。


「アルヴァ王子!俺も戦いたい!」


 実の所、軍の侵攻についての説明はしても、アルヴァ王子は帝国の王子と親衛隊は見学程度の扱いしかしておらず、私の魔法しか使わない。

 魔法を使うと言っても、謀反を企んだ領主の館めがけて炎を吹き上げたり、雷を落としたりという程度の事で、私だけ、天罰目的で別行動をすることが今まで多かったのだ。

 アルヴァ王子はスヴェン皇子には答えず、紫の瞳を私へ向けた。

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