第41話

父であり皇帝である父を前にして、俺、スヴェン・スカルスガルドは恭しく辞儀をした。

 母を隠してしまった父は側妃ハリエットを拘束、ハリエットの子供達は軟禁状態となり、今後の子供達の処遇については長老達との話し合いで決める事となっている。


 ハリエット妃の大伯父となるスヴェルケル侯爵とハリエット妃の父となるステンキル伯爵は身柄を拘束され、すでに牢へと入れられた。

軍が派遣される事により、一族郎党、赤子に至るまで全て捕らえられ、沙汰が下されるのを待つ事になる。

 皇妃である俺の母は父にとって弱点であり鬼門となる。

 母に、そして皇子である俺に毒を盛っていたというのなら、ただで済むわけがない。


「今まで興味もなかった為に問うこともしなかったが、お前は何故、ヴァルカウス王国一つを落とすのに麻薬を使おうと思ったのだ?」


 執務室へと俺を呼び出した父が問いかけてきた。

 麻薬?ああ、麻薬か。

 確かに、特殊な麻薬を使って、ヴァルカウス王国をめちゃくちゃにしようと思っていたのだ。


「父上、不思議な事なのですが・・・」

 俺は痛む頭を押さえながら訴えた。


「鮮やかなピンクローズの髪の少女が言っていたのです。自分は特別な麻薬を作る方法を知っている、その麻薬を使ったら楽しいことが起こるのだと・・・」

 キラキラと輝くエメラルドの瞳、ふっくらとした頬、果物の赤い実のような唇が笑みを浮かべて、

「そうしたら・・・イスヤラが手に入ると・・・」

思い出そうとすると頭が痛い。


「改めて考えてみたら、何故、イスヤラにあれほど夢中だったのか分からないのです。彼女と会ったのは9歳の時が最後。妹のような存在だったはずなのに、なぜ、これほど執着するような事になったのか・・・」


 父上が母上に執着をしているのは有名な話で、俺も同じ血を引くから俺もそんなものかと考えていたのだ。

 ただ、アリサ・ハロネンと、あの少女の名前を耳にして、何もかもが分からなくなった。


「傾国の魔女は確かに帝国に入り込んでいた」

 父はため息を吐き出した。

「ピンク髪の女は、ハリエットにも接触をしていたらしい」

「はあ?」

「私の心を手に入れたいのだろうと問われたらしい。そうして、今まで敬愛していた皇妃が一気に憎くなったのだと・・・」


 アリサは皇城の中に入り込んでいた。私に接触できるくらいなのだから、ハリエット妃に接触する事も出来たのか?


「アルヴァ王子は傾国の魔女は人の心を操るのだと言った」

 俺は心を操られていたのか?

「それに、呪いも与えるのだと・・・」


 父は執務室に置かれた自分の椅子にドカリと座ると、ため息を吐き出しながら俺を見上げる。

「その呪いのおかげで今回はクリスティナを助けることが出来た、帝国全土を譲渡しても構わないというほどの恩を受けたと考えろ」

「はい」


 全然自覚ないけど、俺もその毒にやられていたんだものな。

「ヴァルカウス王国は帝国の友好国である、友好国であるヴァルカウス王国は他国から滅ぼされるなどあってはならない事だ」

「はい」


「お前の所為で、アテナウム侯国軍4万はヴァルカウスへの侵攻を開始した。これは全て、お前の所為だ。この戦いで私の妹が死しても、イスヤラが死んだとしても、全てがお前の責任で起こった事だ」

「はい」


「運命を覆せ、己の価値を提示しろ、親衛部隊を動かすのを許可する、お前なりのやり方で、お前が火をつけた戦を消してこい」

「承知いたしました!」


「この件には傾国の魔女が絡んでいる、大魔道士ファレス・マットソンを連れていけ!」

「承知!」


 やばい俺の所為でアテネウムが動いた!俺の親書がアテネウムを後押ししたのに違いない。俺はなんでそんなことしていたんだー〜。



    ◇◇◇



 傾国の美女(または魔女)が関わっているんだから、帝国の大魔道士がついて来るっていうのは全然いいんだけど、スヴェン皇子?皇子の親衛部隊?いらない、いらない、本当にいらないってそういうの。


「大恩を返す為にも俺はなんでもやる!」

 いらない!いらない!


「何でもするから言ってくれ!」

 本気でいらないって!


「ヴァルカウス王国を守りきろう!」

「てめえ!本当にふざけんなよー〜―!」

お前の所為でうちの国は大変な事になってるんだぞ!

 僕が思わず怒りの声をあげると、親衛隊が怒りで顔を真っ赤にした。

「皇子になんという口の利き方だ!」

「不届き者が!」

「不敬罪で捕まえてやろうか!」

 だからマジでいらないって!


 移動中にも急使がどんどんやってくるし、頭もどんどん痛くなる。

 国境を越えて黒龍騎兵団と合流することになって、僕の我慢の限界は遂に超えた。


「我、ステラン三世が息子アルヴァ・ヴァルカウス、ヴァルカウス王国王子なり!」


 そんなもん知ってるわ、みたいな顔をするスヴェン皇子の親衛隊、百人を睥睨しながら馬上から大声をあげる。


「我が王国は現在、未曾有の危機に瀕している。西方よりアテネウム侯国が侵攻を開始し、王都では我が国への反逆罪で拘束されている祭司長の解放を求めて、教会派貴族によるクーデターが起こったとの知らせを受けた!王城は今は守りに徹して敵の進撃を防いでいる状況ではあるが、我らは反乱軍の鎮圧をするために、今すぐ王都への帰還を進めなければならない。これより敵の包囲網を突破しながら我らは王都を目指す!故にスカルスガルド帝国の方達にはこれより帝都への帰還を願いたい!」


 親衛隊というのだから帝国の精鋭部隊となるんだろうけれど、自分たちの力を求めずに帰還する事を願う僕の意見が、本気で信じられなー〜いみたいな感じで、ざわざわし始める。


「アルヴァ王子は何故我らの帰還を願うのか?」


 ふざけんじゃねえよみたいな感じで、馬に跨ったままスヴェン皇子が出てきたので、僕を庇うようにして黒龍騎兵団長のグスタフと、カピア族の族長であり一族で一番の戦士であるアメフトジャンが出てきた。

 カピア族の猛者は僕の危急に対応するために、ここまでついて来てくれたのだ。


「アテナウム侯国の侵攻に加えてクーデターを起こされたのだろう?今こそ我ら帝国の力が必要ではないのか?」

 スヴェン皇子は金色の瞳の美丈夫なんだけど、若いうちはこんなもんだったのかなあ。昔はもっと(大人だった時はもっとという方が正確か?)研ぎ澄まされた鋭い鋒みたいな人だったんだけどなあ。


「我らを窮地に追いやったのは一体誰だ?」

アリサ・ハロネンに精神操作をされていたんだろうけど、

「我らの国土をアテネウムと分割統治しようとしていたのは誰だ?」

お前がやった事はどうやったって変えようがないんだよ。


「お前らが我らの背後から襲いかからない保証など何一つとしてないだろう?敵を招き入れながら戦う愚行を行うほど僕は愚かではない」

 鬱陶しい、早く帰ってくれ、黒龍騎兵団の王都帰還を阻止するために、すでに近隣の領の私兵団が2千ほど集まっている。帝国から近いだけに、レイヴィスカ教を信奉する貴族派の人間が多いのが仇となっているのだ。


「時間がないんだよ!我々の邪魔をしないと皇帝は宣言された、であるのなら!今すぐ帝都に帰ってくれ!」

「お待ちください!」


 スヴェン皇子を庇うようにして出て来たのは、白馬に跨った大魔道士であり、

「確かに!我らが帝国は独立を認めていた貴国に対して、窮地に陥るような策を弄すような事を行いました!」

自国の軍に言い聞かせる意味もあってか、

「しかし!仇なす我らを王子は救ってくれた!アルヴァ王子の進言により皇妃クリスティナ様とスヴェン皇子は毒から救われる事となり、帝国は(皇帝自殺という)破滅の道を進まずに済む事となったのです!我らの裏切りを赦せとまでは申しませんが!皇帝よりヴァルカウス王国の窮地を救うようにと命じられた我らを退けるのだけはおやめください!」

声も高らかに言い出した。


「我らの裏切りを心配する王子の気持ちもよく分かります、ですが!このファレス・マットソンの何かけて!我が軍は!スヴェン・スカルスガルド率いる我が帝国虎の子の精鋭部隊は!死しても裏切らぬと誓いましょう!」


 虎の子の精鋭部隊って、たった百人ぽっちで何を言っているのだろうか?

 僕の帰りを待ち受けていた黒龍騎兵団は3千、輜重隊が千という遊撃部隊の中で、カピアの戦士だって百以上は参加してくれているよ。そこで、帝国軍百ぽっち、有り難く加勢を受け入れろ?はあ?


「アルヴァ王子、帝国の軍とやらはカピアに任せてもらいたい」


 ハルカラ山で育てた素晴らしい白馬に跨るアメフトジャンが胸を張って言うので、もう、帝国軍がついてくるのは仕方がない事と受け入れる事にした。

 万が一にも親衛隊とか言う奴らが歯向かう事があっても、伝説の傭兵部隊ならあくびをしている間に殺してくれるだろう。


「アルヴァ王子、スヴェン皇子をどうか同道させてください。彼にも挽回のチャンスを与えて欲しいのですよ」

 馬をこちらの方へと寄せてきた大魔道士は、懇願するように言い出した。

 挽回するチャンスなんてあるのかどうかは分からないけれど、

「では大魔道士殿には、死ぬ気で働いてもらわねばなりませんね」

と、僕は宣った。

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