第40話
母様が倒れた。
兄様が帝国で殺されたと聞いて、その場で倒れて今も寝込んだままだ。
いくら兄様は無事だと言っても聞きやしない。あの調子では、兄様の元気な顔をその目で見るまでは、てこでも動くことはないだろう。
我が国が滅びるかもしれないという崖っぷちの状況で、全く使い物にならない王妃なんて、みんなが恥ずかしいと思うだろう。兄様が居ない間は、兄様の代わりをするのが妹である私の役目のはずだから。
「スーリヤ様、貴女様はハサミで布を切ることならば出来ますよね?」
侍女のお仕着せに着替えたイスヤラ様は、山のようなシーツが置かれた部屋へ私を連れて行くと、
「アイノと護衛の騎士様とみんなで協力して、このシーツをこの大きさに切って欲しいのです」
と言って、手のひら二つ分の大きさの布きれを私に見せた。
「これから怪我をしてくる兵士がたくさん運び込まれてきますから、傷を覆う当て布をたくさん作って欲しいのです。ハサミに自信がある方は包帯を、この太さで、シーツの縦の長さに切ってください」
私の専属侍女のアイノは手先が器用なので、次々と包帯を作っていく。私と護衛騎士は不器用で、形の歪な布切れを次々と作り出していったのだが、
「形なんてどうでも良いんですよ!必要なのは枚数ですから!」
と、イスヤラ様は笑顔で励ますように言った。
傷の当て布というものがどういった使われ方をするのか分からないけれど、形が良い方が見栄えも良いのではないかと考える。
なるべくまっすぐに、四辺も直角になる見栄えの良い布切れとなるようにひたすら切っていたのだが、そのうち、見栄えとかそんなものはどうでも良くなってしまうのだった。
「スーリヤ様!私たちが運びますので姫までそのような事をせずとも大丈夫です!」
「いや!そんな事を言っている場合ではないだろう!」
城壁の一部が奇襲を受け、大勢の怪我人が運び込まれて来たのだった。
矢が刺さり、槍で貫かれた者も多く、傷の上から布を当てても、すぐに真っ赤な血液が染み出してしまう。
山のようにあった当て布も、包帯も、あっという間になくなっていく。
シーツを切るのは侍女だけでなくメイドや下働きの者も参加をして、食べるのも忘れて負傷兵の治療を行っていく。
傷が汚れたままでは感染をして動けなくなるため、清潔なシーツを切る作業は延々と続けられる。
「いやあ、参った、参った、あそこを攻めてくるとは思わなかったなぁ〜」
舞踏会も開かれるような会場に兵士たちは運ばれて来ているため、そこへ顔を出した近衛兵団長を見上げた私は、思わず文句の一つも言いたくなってくる。私は王家の代表として、現場の指揮官には言わなければならない事があるのだ。
「なんでこのような事になった!なんでこれほど負傷するものが出たのだ!」
「いやー〜、それなんですがねーー〜」
近衛兵団長が言うには、城壁の上から石や岩を落として敵を追い払うのが一番なのだそうだが、この石や岩を城壁の上まで運ぶのがとにかく大変。
下働きの者の協力を得てなんとか運んでいるのだが、石や岩を運んでいる間に敵が城壁をよじ登ってくる。近衛隊員は岩を運びながら敵の相手もしているため、奇襲攻撃をされた場合の対応がどうしても遅れてしまうという。
「なんと馬鹿馬鹿しい!」
私は一声叫ぶと、外へと走り出していた。
外にはすでにイスヤラ様がいて、あろう事かご自身で抱えるほどの石を運んでいる。
「まあ!スーリヤ様は城内におられないとなりせん」
「何もせずに城内に居て敵に滅ぼされたらどうするんだ!」
私のこの時の勢いは、聖女であるイザベラが兄様の執務室へ突撃するほどの勢いがあったと思われる。
私とイスヤラ様が石を運んでいると、後から後から人が集まった。
どうかやめてくれと言われたとしても、やめるわけにはいかない。
私はこれ以上怪我人が増えるのも、敵に滅ぼされるのも嫌だったのだから。
「いやね、今までどうやったって絶対にペンを置くなんて事をしなかった文官様達が、姫様達の姿を見て酷く感銘を受けたようでしてね、姫様達に石やら岩を運ばせるくらいなら、自分たちが運ぶと申し出てくれたんですよ」
近衛兵団長であるヤスペル・パロはニヤニヤ顔でそう言うと、知らぬ間に嵌められたのだな、という事に気がついた。
まあいい、こんな状況でもお上品に事務仕事をする輩には、今まで関わってこなかった肉体労働という苦労を味わってもらおう。私だってハサミを使いすぎて手首が痛いのだから、岩を運ぶくらいなんなんだと申したい。
王城内に閉じ込められた貴族も平民も一致団結して敵を追い払いながら籠城する事に集中し始めると、怪我をして運ばれてくる人の数も減ってくる。
それでもゼロになる事はまずないので、シーツを切りながらため息が思わずこぼれ出る。
「ここにイザベラが居たら良かったのに・・・」
イザベラは癒しの聖女のため、怪我人の治療など簡単にやってのける。
大怪我は難しかったとしても、軽い怪我なら瞬時に治癒できるので、ここに居たら重宝するのになあと思ってしまう。
王城には王族が知る様々な抜け道が存在するのだけれど、配膳室のその奥の、少し壁がへこんだ先の隙間に、王城から神殿へと抜ける隠し通路が存在する。
食事を取りに行ったアイノを見送りながら、配膳室へと顔を覗かせた私は、人が居ないのを確認しながら神殿へとつながる隠し通路の方へと顔を突っ込んだ。
今は王家の人間も豪華な食事などは一切取っていないため、高級食器に乗せて配膳するなんて事が起こらない。ここに居る全員が身分の上下なくサンドイッチを食べているため、配膳室を使うような事はないのだった。
「やっぱり居ないよな・・・」
真っ暗な闇の中、通路の向こう側に視線を凝らしたとしても何も見えない。もしもイザベラが心配をしてこちらの方へとやって来たら・・・と思ったのだが、誰かが向こうからやって来るようには見えなかった。
「スーリヤ様?いかがなさいました?」
こちらを覗き込んでいるイスヤラ様と目が合った。
「あら、こんな所に隠し通路なんてあったんですね」
本当にわかり辛いところに通路はあるため、私の後ろから通路を覗き込んでいたイスヤラ様は驚いた様子で金色の瞳を見開いた。
「イザベラがやって来ないか見ていたんだ」
「イザベラ様ですか?」
「そう、もしもイザベラが居たら怪我人を治してもらえたのになあと思ってな」
「そうですね、イザベラ様は癒しの聖女様ですものね」
「イザベラから手紙が届くのだが、祭司長を解放してくれとそればかりでな」
「まあ!そうなんですか!」
聖女であるイザベラは教会関係者のため、祭司長や神官たちを心配する気持ちも分かるのだが、私にだって出来る事と出来ない事があるのだ。
「祭司長やら神官どもを解放したら、外の連中も少しはおさまるのだろうか?」
そんな事で外が静かになるのなら、渡してやっても良いのではないかと私なんかは考えてしまう。
「渡したところで無駄でしょう。だって彼らが求めているのは祭司様ではなく、この国そのものなのですから」
「嘘よ!嘘よ!嘘よ!祭司長様や神官様を渡してくれれば!私たちはすぐに引くわ!」
隅の方に隠れていたイザベラは真っ赤な顔で飛び出してくると、興奮した様子でイスヤラに飛びかかった。
「嘘の予言なんか言わないで!なんで聖女なのに平和を求めないの!そもそも貴女がいるから教会と王家がバラバラになっちゃったんじゃない!」
「イザベラ様!まさかお一人でここまで来たんですか?」
「イザベラやめろ!お前が言っている事はめちゃくちゃだぞ!」
「きゃあああ!スーリヤ様!」
悲鳴をあげるイスヤラ様を見上げて、目の前が真っ暗になった。
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