第39話
「ヤスペル近衛団長!南門の掃討、完了いたしました!」
「南門は封鎖して、次は西門の方へと取り掛かってくれるか?」
「西門ですね!承知いたしました!」
城壁から伸びる石階段を駆け降りていく部下の姿を見送りながら、大きなため息が溢れ出す。ヴァルカウスの王家が住まう王城は小高い丘の上にあり、周囲を城壁が囲い、その城壁を堀が囲んでいるのだが、城壁も低くて堀すらない場所が数カ所にわたって点在している。
一番古い城壁を作ったのが三百年前というから、そこから敷地面積が増えていけばいくほど、城壁の高さも低くなり、その厚みも薄くなる。
帝国が他国への侵攻を果たして国土面積を倍にもしたのが先代皇帝の代のことであり、この時にはもちろん我が国も狙われる事になったのだが、我が国特有の、のらりくらりとした外交努力と、イングリッド姫の輿入れによって、我が国の平和は維持される事となったのだ。
そんな訳だから、王都が攻め込まれるなんて事は300年近くないと思うし、王城に勤める誰もが、王城が敵に取り囲まれるような危機に陥るなんて想像もしなかっただろう。
そんな事を考えるのはこの王国のたった一人の王子であるアルヴァ殿下だけ、
「お前が近衛兵団長となった場合、お前だったらこの城をどう攻め込むか?お前だったどう守りきるか?」
と、問いかけてきたのも殿下だけ。
金をかけずに籠城戦をするのなら、石とか岩とかを城壁から落とすのが一番良い。炎で熱した岩を戸板を使って城壁の外へと放り投げれば、敵は打撲の他に火傷も負うことになるから戦闘不能に陥りやすい。
油をまいて火をかけるのも良いけれど、安く済ませるのなら断然石または岩だ。
「それじゃあ、城の改築工事のためという理由で、大量の石や岩を仕入れよう」
ふむふむと頷いた殿下はこの時12歳だった、頭が大丈夫だろうかと不安になったのを覚えている。
「持って抱えて投げられるような大きさだとなおさら良い訳だな?」
「ですが、襲ってくるかどうかもわからない敵のためにそんなものを用意して、みんなから文句を言われますよ」
「だから改築工事のためって言っているじゃないか」
王城の敷地内には古い離宮が一つあって、それを改築するために岩を運びこむ。離宮の建物を改築するのではなく、周辺の庭に石を敷き詰めて景観をよくする〜なんてことを言ったら、誰しもそれだったら(お金もかからないだろうし)良いだろうと言ったそうだ。
「ヤスペル団長、こんな所にいたんですね?」
後ろを振り返ると、手から籠をさげた銀色の髪の天使みたいな少女がにこりと笑う。
侍女と同じお仕着せを着ているはずなのに、俺には天使にしか見えないな。
「イスヤラ様、どうしたんですか?何かあったんですか?」
「何かあったもないですよ?昼食を配っているのに団長のお姿が見えないのですもの。また食事を忘れて作戦を練るのに夢中になっているんじゃないかと思って、探しにきたのです」
イスヤラ様はアルヴァ殿下の婚約者で公爵家の令嬢のはずなのだが、倒れた王妃に代わって率先して働いている天使だ。
「イスヤラ様は怖くないんですか?」
サンドイッチが入った籠を受け取りながら問いかけると、
「私、高いところは意外と大丈夫なんです」
と、答えて笑みを浮かべる。
ここは城壁が一番高いところなので、ここから落ちたらあっけなく死ぬ事になるだろう。ちょうど丘から突き出た場所となるために、王都を一望する事が出来るのだった。
「公爵様からの食糧配給の話は聞きました。広範囲の騒乱は収まったようにも見えるのですが、今度は城壁前広場の方が騒がしくなっていますね」
各領地から王都へと集まった私兵の軍団は自分たちの食べる食料については頓着しなかったようで、輜重隊なども準備せずに集まった集団が、王都に住み暮らす民に対して狼藉を働くのは当たり前のこと。
王城を占拠できれば食料にしても、資金にしても、何も困るような事などなかっただろうが、堅牢な城壁に囲まれた王城を守る近衛隊の士気は高い。なかなか落とせない城を前にして、鬱憤を晴らすように略奪行為を平気で繰り返す輩は山のようにいる。
王都を守る警備隊ももちろんいるのだが、教会派の兵士が王都に集まるのと同時に、公爵領麾下の兵団に吸収され、王都から逃げ出した避難民の保護に働いている。
聖騎士と自らを名乗る軍団は、神の御名の元、人身売買や横領、凶悪な詐欺行為に加担した祭司長や神官たちの解放を声も高々に主張して、自分たちの正義を誇張する。
彼らは完全なる売国奴であり、ヴァルカウス王国をアテネウムと帝国で二分にした際には、美味い汁を吸ってやろうと躍起になっているだけなのだ。
「アルヴァ殿下は帰ってきますかね?」
イスヤラ様に問いかけると、予言の聖女は穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「アルヴァ様は絶対に死んではいません。すぐさま、黒龍騎兵団を引き連れて王都へと帰ってくるでしょう」
「国境に進軍してきたアテネウム侯国軍4万は、どの位置まで進んで来ているんでしょうね?」
国境の情報は近衛隊まで降りてはこない、王や王弟は手に入れているとは思うのだが。
「大丈夫です、殿下が手を打つと言っていましたから」
イスヤラ様は青空に燦々と輝く太陽を見上げると、
「天気も良いし、明日にでも帰ってきそうですよね」
と、呑気な調子で言い出した。
イスヤラ様は、殿下は死んでいないと予言し、殿下が黒龍騎兵団を引き連れて帰ってくるまでの間は、籠城をして敵に付け入る隙は与えないようにと示された。
また、レイヴィスカ教を信仰する信徒の気持ちはわかるが、現在、ヴァルカウス王国の教会組織はアテネウムの手先となっており、外にいる教会派の人間は、我が国を滅ぼすアテネウムの手先であると王城内で宣言した。
アテネウムに征服された場合、妻も子も陵辱の限りを尽くされ、男たちは奴隷として到底人の住み暮らすような場所ではないところへ運ばれていくだろうとイスヤラ様は予言された。
「今は教会派、国王派で争っている場合ではないのです。己の家族を守るために、戦うべき相手は誰なのか?私には全て見えています」
予言の聖女が告げた言葉は皆を痺れさせた。
その後、下働きの者に混じって働く聖女様を見て、皆、胸を震わせた。
その美しき少女が、スーリヤ姫と共に行方不明となったのだ。
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