第37話

 アテネウム侯国軍4万が我が国への侵攻を開始した。

 王太子の婚約者である私、イスヤラ・エーデルフェルトは愕然とした。

 殿下が帝国へ赴くことは極秘であったはずなのに、殿下が出発したのと同時期に、アテネウムは侯国軍を集結させて、殿下が帝国で皇帝と謁見をしている調度同じ時期に、我が国への宣戦布告を発布した。


 王は次々と急使を帝国に送り、侯国軍を迎え撃つために王国軍を移動、西方を統治する領主たちへも軍の派遣を要請。

 西のぶつかり合いにむけて、王弟であるミカエル様が陣頭指揮をするために移動するか、どうするべきかと話し合っている最中に、帝国からの密使が到着。


『レイヴィスカ教および帝国への謀反を理由に、アルヴァ・ヴァルカウス王子は皇帝の命にて毒杯を賜る事となった』


 王子の死の知らせを受けた王妃は寝込んでしまい、王と王弟が、密使が伝える内容の審議に入ろうとした時には、王都で反乱が勃発した。


「レイヴィスカ教の祭司および神官を今すぐに解放せよ!」

「神の御使を王家は不当に貶めている!」

「帝国はこれを許さず!ヴァルカウス王国の大使として向かった殿下を亡きものにしたのだぞ!」

「帝国に逆らえば国が滅びる!国を滅ぼそうとする王家など我らにはいらない!」

「レイヴィスカ教を国教から外そうと考える王家は滅ぼそう!」

「王家を倒せーーーー!」


 即座に王城の城門、そして門扉という門扉を閉じて、一切の人間が出入り出来ないように封鎖したのは近衛兵団長であるヤスペル・パロであり、平民出身となる近衛隊長の勝手な行動に貴族出身の官僚たちが怒りを露わにした。


 王城内で働くのは貴族籍を持つ人間が多い為、テンペリアウキオの戦い以降、平民ばかりで揃えられる事となった近衛隊が気に入らない人間が山のようにいたのだ。


 王城を囲むようにして集まったのは教会派の私兵、およそ一万といったところで、反乱に加わるために続々と貴族派の領地から私兵部隊が出発し、王都に集まり始めているという。


 西の国境からはアテネウム侯国軍、王城の周囲には教会派の私兵部隊、王城内は平民と貴族との軋轢が露わとなる。


「イスヤラ嬢、こんな状況で唯一の後継王子であるアルヴァが毒杯を賜ったという。この先には、我がヴァルカウス王国は破滅の道しか残されていないと思うかね?」


 王城内に部屋を与えられていた私は、王からのお呼び出しがかかるまで部屋で待機する事を選んだ。私の安全を守るため、6人の近衛を殿下は護衛として置いてくれている。

 近衛兵に囲まれた状態で本宮へと移動した私は、何枚もの書類に目を通しながら忙しそうにしている我が国の王、ステラン三世と執務室で顔を合わせたわけだけど、王は私に何を問いたいのだろうか。


「破滅を回避するために、アルヴァ殿下は帝国へと赴いたのです。ですから、殿下が毒杯を賜るなんて有り得ません」


 殿下はいつもギロチンで死ぬのですもの、毒で死ぬなんて有り得ない!


「アテネウム侯国軍が我が国へ侵攻した事は殿下も知る事となるでしょう。であれば、我が国の虎の子である黒龍騎兵団を率いて殿下はここに戻ってきます!」

「密使はアルヴァが死んだと告げたのだぞ?」

「嘘です!真っ赤な嘘!」


 だって殿下はギロチンでしか死なないのです!伯父様にギロチンだけはやめてくれって言っているし、別の方法で殺すにしても、裁判にかけている期間が発生するのだから、今、この時に毒杯を賜るなんて事象も発生するわけがないのよ!

 

「予言の聖女としてここにイスヤラ・エーデルフェルトは宣言します!殿下は!絶対に死んではいません!」


占い師の方向でいきたかったんだけどな〜、だけど、予言だとか言えば、皆んな否応なしに私の言葉を信じるのよ。だから、私も予言〜とか言っちゃうのよね〜。


「殿下は絶対に戻ってきます!戻ってきたら、あんな教会派の軍団なんかあっさりと捻り潰します!ですからそれまで私たちは籠城し続ければ良いのです!」


王城を守護するのは近衛隊だけど、殿下はいっつもこの近衛隊の裏切りにあうって言っていたのよね。テンペリアウキオの戦いで前の近衛隊長が戦死して、それ以降、近衛隊は実力主義をうたって、絶対に裏切らないヤスペル近衛隊長が警備についているのですもの。


「大丈夫です!ヤスペル近衛隊長もいますし!我が公爵家の領主軍も王都の反乱を知ってこちらに兵を派兵してくれると思います!私たちは城に立てこもっているだけで絶対に負ける事なんてないんですから!」

「そうか、そうか、予言の聖女はそう言うか」

 ほっほっほ、みたいな感じで王は笑うと立ち上がり、私をエスコートするような形で左肘を差し出してきた。

「ではその予言を、皆の前で告げてもらおうかな」

「はい?」

「これから貴族会議があって、その後、官僚を全て集めての発布、さらに、王城内で働く全ての者に対しての宣言を行うのでな、そのついでに予言を告げて回ってもらえるとありがたい」

「はあ?」

「それでは予言の聖女殿よ、参ろうか」


 王はにっこりと笑うと、有無を言わさぬ勢いで歩き出す。

 ああーーー〜、なんで今日は、デビュッタントでも何でもないのに、豪奢な白いドレスなんて着るのかなー〜って疑問には思っていたのよねーー〜。


 いつもは結いあげる銀色の髪をハーフアップにして垂らしているし、頭の上には小さなティアラを乗っけられるし、王様との謁見ってこんな仰々しかったかしら?って思ったけど、そうじゃない、そうじゃない。


 予言の聖女のパフォーマンスをするために、この、神聖なる天使様みたいな格好が選ばれたって事なのねーー〜。


「私はね、とやかく色々とは言わないから、イスヤラが好きなように事を進めてくれれば良いのだよ?」


 豪奢な扉が両開きで開かれると、会議の間に集まっていた高位貴族の方々が一斉にこちらの方へと頭を下げる。

 王城にお勤めになっていて、城門が封鎖されたために家へと帰れなくなったお歴々が椅子から立ち上がって辞儀をしており、その後ろの壁に沿った形で、貴族身分の官僚たちが何列にもなって並んで立っている。

この会議の間には百名に近い人間が集まっているんじゃないかな。みんな、真っ青というか、土気色というか、死人みたいな顔をしているのがよく分かる。


 議長席みたいな場所に座っていたミカエル様が、王と私の方へと向かって歩いてくると、

「まずは予言の聖女からのお言葉がある。皆、神からの啓示を拝する機会に恵まれたこと、子々孫々に渡るまで誇るように」

と、声も高らかに言いながら、何とも表現のつかない楽しそうな笑みを浮かべた。


 はい?

 神からの掲示?

 何のことですか?

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