第36話

『黒瘤』と呼ばれる強心剤や滋養強壮にも使われる薬は、案外簡単に調理場で見つける事が出来た。


「大豆の粉(キネーゼ)とも相性が良くて、栄養価が高くなるというので、体調がおもわしくない皇妃様のデザートに利用しておりました。ええ、スヴェン皇子は最近、剣の鍛錬にも励まれているので、大人以上に栄養が必要だという事で殿下にも・・あまりに高額なものになるので、使用する量については、厳密に管理するようにとハリエット妃からご注意を受けておりますので、多めに使ったり、ましてや他所に売るなんて事は絶対に!絶対に!私どもの誇りにかけてしていないと断言致します」


 料理長は貴重な薬の横流しを疑われたのかと勘違いしているようで、自分たちはひと匙ほども盗んではいないと潔白を主張している。

「いやいや、そういう事じゃないんだよ」

どこまで説明をした方が良いのかと、ちょっと頭を悩ましていたところで、

「大魔道士殿、少しお時間をいただいても宜しいでしょうか?」

調理場へと顔を出したヴァルカウス王国のアルヴァ王子が私を呼んでいると部下が伝えてきた。


 すでに調理場は衛兵で埋め尽くされているような状態で、私の部下も忙しそうに動いている。

 ここで証拠を押さえて側妃の息の根を止めないと、皇妃が暗殺されて・・絶望したアウグストが自殺して・・・そんな未来は到底受け入れることなど出来ない。

 そもそも私は、ヴァルカウス王国の王子に訊きたいことが山のようにあるので、後は部下たちに丸投げをして調理場の外へと足を運んだ。


 アルヴァ王子は黄金の神に紫水晶のような瞳を持つ美丈夫で、今すぐ出立するような出立ちで私の事を待ち受けていた。


「アウグスト皇帝の御指示もあり、無事にレイヴィスカ教の枢機卿とも話をすることが出来ました。我々王国には何の瑕疵もないと宣言してくださったので、国に帰って祭司長や神官たちの処分をしたいと思います」


 そもそものところ、彼が帝国までやってきたのは、皇帝の姪となるイスヤラ姫が誘拐された事に端を発している。この誘拐に関与したものとして、レイヴィスカ教の祭司長を中心とした教会幹部を拘束しているため、その後の処遇を相談するため、こちらへとやってきていたのだ。


「今から王国に帰るという事ですか?」

「そうしたく思っております」

 アルヴァ王子は恭しく辞儀をしながら言い出した。

「大魔道士様には、傾国の美女(または魔女)について、色々とお話をしたく思っていたのですが、危急の事態にて祖国へと帰らなければならなくなりました。また、近いうちに正式にご挨拶させて頂ければと思います」

「私は貴方様にまだまだ訊きたいことがあるのですがね?」


 王子の予言は、あった事をそのまま思い出して言っているといった方がしっくりくるものであり、そのカラクリについて明確にしなければならないと考えていた。

「今はもう日が沈み、移動するのも色々と大変なことでしょう?王国に帰るのなら明朝以降でも良いのではないのですか?」

「いいえ、そうはしていられない事態となったのです」

 殿下は金色の長いまつ毛を伏せると、

「帝国がヴァルカウス王国を侵略しようというアテネウムを影ながら支援し、アテネウムの侵攻後は、我が王国の国土を二分にして分かち合おうと密約を交わしているのは知っています」

憂いを含んだ表情で私を見上げるので、思わず唸り声を上げそうになってしまった。


 スヴェン皇子がイスヤラ嬢を手に入れるためにと影ながら動いている事は知っていたのだが、そんな密約まで結んでいるとは知らなかった。


「アテネウムと帝国で、ヴァルカウス王国を二分割統合ですか・・・」

 王国の国力を削ぎ落として帝国の属国とするのかと、そう思っていたのだが、事を早く進めるために、そのような手に皇子は出たのだな。


「帝国がどの程度、本気でヴァルカウス王国を手中にしたいと考えているのかを知りたかったのです。幸いなことに予言の甲斐あって、皇帝から我が国の独立の維持についてのお墨付きをいただくことが出来ました。スヴェン皇子は禁断の麻薬まで使って我が国を追い込もうとしたようですが、とりあえず帝国からの危機は脱したと判断した次第です」


「ですが、私は貴方の予言の力について問いたいことが山ほどある」

「我々には時間がないのです」

「何故?」

「隣国アテネウムの兵士4万が国境線を越えたとの連絡を受けたからです」


 アテネウムが4万を動かしただって?


「僕が帝国の人質となる事を警戒した王国は、帝国との国境線に兵を用意しています。我が国虎の子の兵士達なので、これを西に動かさないと、我が国はあっけなく潰れる事になる」

「王子自らが戦の陣頭指揮を取られるのですか?」

「その通り、他に誰もいませんからね」


 頭が痛くなってきた。

 ヴァルカウス王国を治めるステラン三世にはアルヴァ王子の他には後継の王子はおらず、王国の法律としては王女の即位は認められていない。

 確かに王弟ミカエルが王の血統として存在しているのだろうが、王国唯一の後継王子、それがのこのこと帝国まで出向いた後で、今度は西のアテネウム相手に陣頭指揮を取ろうというのか。

「命が何個あっても足りないような生き方を何故されるのか?」

この王子、まだ十五歳だよな?

「自分は絶対に大丈夫だなどと予言で出ているという事でしょうか?」

国で戦争が始まったというのに、焦った様子も見せない王子を見下ろすと、

「まさか!」

と答えて、ハハハッと王子は笑った。


「正直に言って、ここまで来ると僕の予言は絶対じゃなくなりました。だからって止まっている場合じゃないでしょう?やらなきゃならない事が山ほどあるんだから」

「そりゃあそうかもしれないですけれど・・・」


 廊下の向こう側の方から人の騒めきが大きくなり、徐々にこちらの方へ近づいて来たなと思っていたところ、

「待ってくれ!俺もヴァルカウス王国に向かう!一緒に行く!」

廊下を駆けてきたのはスヴェン皇子で、肩で息をしながら私たちの前で足を止めると叫ぶように言い出した。


「親衛隊を動かして良いと父上から許可を頂いた!今回のことは全て俺の責任だ!俺もヴァルカウスと共に戦わせてくれ!」

「えええー〜?」

 明らかに嬉しくなさそうな顔をアルヴァ王子がするので、

「イスヤラ欲しさに後ろからお前を刺すような事はしない!というか、俺・・その・・傾国の魔女って奴に・・アリサに・・頭をおかしくされていたのかもしれない!」

顔を真っ赤にしながら、必死な様子で皇子が言い出した言葉を聞いて、

「傾国の魔女、アリサ・ハロネンは、やっぱり帝国に入り込んでいたんだな・・・」

怖いような顔をしてアルヴァ王子は何故か私の顔を見上げた。

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