第34話

「さて、僕は最近、ハルティア山脈の南端に位置するハルカラ山に行ってきたのですが、かの山には麓では見られない植物が沢山生えています。その中でも黒瘤と呼ばれる高山植物があって、鮮やかな青紫の花を咲かせます。この植物の根を引っこ抜いてみると、真っ黒で小さな瘤が一つの株につき、二十個から三十個ほど出来ています。この黒瘤はアク抜きをして乾燥させた後、粉末にして利用するのですが、見かけも味も大豆の粉(キナーゼ)そのもの。ちなみにこの黒瘤は、弱まった心臓の鼓動を強くする効果があります」


 僕は冷めてしまった紅茶を飲みながら、

「この紅茶、茶葉の種類も重要ですが、どれくらい乾燥させるかでその味や色味が随分と違ってくるのを知っていますか?」

と、問いかけると、大魔道士が一つ大きく頷いた。


「帝国は南に行けばいくほど、茶葉を長く乾燥させたものを好んで飲むけど、北方の方ではあまり乾燥はさせないで、緑色の葉のまま飲む習慣がある。僕も飲んでいるけど、口当たりがさっぱりとして、紅茶よりも体に良いとされている」


「ハルティナ妃の御出身地では、段々畑で茶葉を作っており、乾燥期間は短めの緑の茶が飲用されています。非常に健康に良いと帝国では有名だそうですね?皇妃も好んで愛飲されていると聞きました。大豆の粉(キネーゼ)によく似た風味の黒瘤も、帝国で流行の緑の健康茶(シャベレーザ)も、単体なら何の問題もありません」


 だから、毒見にも引っかからないんだよね〜


「合わせて摂取しても、ごく少量なら問題もないでしょう。ただ、黒瘤と緑の健康茶(シャベレーザ)を習慣的に毎日、同時に摂取していくと、心臓を中心にして身体機能が著しく損なわれていきます。歩くと目眩や息切れがする、冷や汗がでる、日常の生活が送れなくなってくる。出産後、十数年が経過した女性が発症しやすい症状として、医師は判断するでしょう。子供を作る機能が退化したゆえに生じる症状と、黒瘤と緑の健康茶(シャベレーザ)を併用した中毒症状はとても似ているのです」


「クリスティナは焼き菓子を好んで食べる、その中に入っているということか?」


 皇帝の顔が怖いよねーー〜、これだけ怖くなくちゃ、巨大な帝国を率いていけないよねーー〜。


「ハルティナ妃のご領地では牧羊も営んでおりますので、遊牧民族との交流もあるようですよ?黒瘤は彼らにとっては一般的な薬となりますし、彼らは黒瘤を摂取している時には絶対に緑のお茶は飲用しない。彼らが緑のお茶を忌避するところがあるのは、身近に黒瘤があるからかもしれませんね」 


「そもそも私に大豆の粉(キネーゼ)がかかった冷菓子を食べさせたのも、後の布石とするためだったのか?」

「そう聞いていますね。裕福ゆえに怠惰となった貴族たちは己の健康に興味を持ち始めていて、そこで流行した健康食です。大豆は安価で手に入りやすいし、庶民の間でもすぐに広まる事となりました。どこの食卓でも並ぶことになった大豆の粉が、王城の中にも取り入れられるのは必定。後は、紅い茶だけでなく、緑の茶を流行らせるだけでいい」


 僕はホッとため息を吐き出した。


「ハリエット妃の大伯父となるスヴェルケル侯爵家は、大陸統一を目指す過激派として有名です。ハリエット妃を側妃にするための賄賂で多額の借金を抱える事となったステンキル伯爵を助けたのもスヴェンケル侯爵であり、次期皇帝にはステラン第二皇子を押しています」


「だから皇妃を暗殺しようという事か?」

 皇帝の問いに僕は思わず首を傾げてみせた。

「侯爵の思惑もあるのでしょうが、ハリエット妃はあなたが皇妃を真実愛している事を知っていた。そのため、全ての愛を自分に向けさせようと考えたのでしょう。しかし、皇妃を失った貴方は絶望し、全てを捨てて、己の命を絶つ事を選んだ」

「はあ?そんなバカな?」


 宰相は信じられないとばかりに目を見開いたけど、皇帝は黙って首を横に振る。それだけ愛しているんだもんね、すごいよなぁ。


「皇妃が亡くなった頃にはスヴェン皇子も毒に侵され、起き上がる事も出来ず、絶食を繰り返す事となりました。スヴェン皇子がこのような状態ですので、次の皇帝としてステラン皇子が満場一致で選ばれる事となり、戴冠式を行う事となったのですが、この場に現れたのがスヴェン皇子。断食の状態が毒を抜くきっかけとなり、全てのカラクリを明らかにされた皇子は、戴冠式に集まった全ての者を殺しました。血だまりの戴冠式は当時は有名な話で、これをきっかけに皇族はかなりの数を減らす事となったのです」


 そこから帝国を平定するのに数年かかって、その間にイスヤラがギロチンで死んでいるものだから、皇子の怒りは物凄かったなーー〜。

 そんな事を考えていると、

「ねえ『当時は有名な話』ってなんなわけ?予言の話なのに、当時の話って言い出す理由が知りたいんだけど?」

と、近づいてきた大魔道士が耳元で囁いてきた。

 衝撃的な内容だった為、皇帝も宰相も茫然としていたんだけど、大魔導士だけが怖いような顔で僕を見つめると、ニヤリと、口元に不敵な笑みを浮かべたのだった。

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