第33話

 帝国とヴァルカウス王国では、あまりにも国力が違いすぎる。

 帝国がその気になれば、我が王国など簡単に一捻り出来るし、そもそものところ、ループ中に2度ほど帝国の所為で滅びている。


 僕がスヴェン皇子と顔を合わせるのは彼が22歳の時、22歳の彼は悪魔みたいな奴だった。

 大切なものはことごとく奪われた彼は、絶望的な孤独に悩まされていたのだろう。憤怒の怒りを身に纏う彼の姿と、まだたった十五歳の甘ったれた子供そのものの彼の姿を重ねてみるに、まだチャンスは残されているのだと、改めて実感する事になったわけだ。


 どれだけ跪かせれば気が済むんだとか、我が国を馬鹿にするのも大概にしてもらいたいとか、側近のラウリが後から文句を言っていたけれど、跪いている間、僕には怒りよりも喜びの方が大きかったね。


 謁見の間には多くの高位貴族が集まっていた為、自分と同じ歳である僕に対してマウントを取りたかったんだろう。帝国の第一皇子である自分は素晴らしい人物であり、弟よりも次期皇帝にふさわしいとでも示したかったのかな?


 ただ、ど初っ端からイスヤラの話題を出すのは幼稚すぎるし、我が国の治安うんぬんに対して物申すなんてナンセンスだよ。そもそも帝国も信奉する『レイヴィスカ教』にも問題があったんだからさ、自分とは関係ない事だなんて言っている場合じゃないんだ。


 そこに気がついた大魔道士さんが話題を変えてくれたけど、あそこで『傾国の美女(または魔女)』について言い出すところがトリッキーだったなあ。

 まあ、お陰でガッツリ僕に有利な形で話を進める事が出来たわけだけど。


「ところでアルヴァ皇子よ、イスヤラだけでなく其方も予言の力を持っているというのは本当の事なのか?」


 皇帝アウグストは漆黒の髪に金の瞳を持った美丈夫で、今の年齢は38歳くらいだったかな。先代の皇帝は戦ばかりに明け暮れていて、その甲斐あって広大な国土を手に入れる事が出来たんだけど、アウグストは国土拡大よりも内政を安定させる事に集中している。


征服された国々も最初はおとなしくしていたとしても、後から独立を企て反乱を起こすことも多くなった為、外にばかり目を向けている場合ではないと考えたわけだけど、強硬派の軍部の人間の中には、アウグストの方針に異を唱える者も多くいる。


 謁見の間から場所を移動することになったんだけど、豪奢な家具を取り揃えた客間は大勢が入れるようなものではなくて、おそらく王家が個人的に使う応接間みたいなものなんだろうな。


 ふかふかのソファに座った僕の目の前に座るのは帝国の皇帝と宰相、一人用のソファに大魔道士が座っている。

 人払いをされた状態で、この応接間にヴァルカウス人は僕一人。

 あっさり殺されても何も言えない状況に陥っている。


「全てを予言する事は出来ませんが、自分の身の回りで起きることなら、ある程度先を見る事が出来ます」

 僕も予言ができるんですよ〜と言うことで、自分の利用価値を高めて、殺される確率を下げる。例え、スヴェン皇子が邪魔な僕の事を殺そうとしたとしても、皇帝と宰相に僕を守らせるため、僕は爆弾を投下することに決めた。


「例えばですが、皇妃クリスティナ様とスヴェン皇子が毒をもられているという事を、僕は知っています」


 僕の爆弾発言に、ヨエル宰相は灰色の瞳を細めて、真実を見極めようと殺気立つ。

「皇室の人間は全て、口に入れるものを毒見されているはずですが?」

 皇帝と大魔道士は友人関係にあるのだろうか。

 大魔道士が気負わぬ様子で疑問を口にすると、皇帝も金色の瞳をすがめながら断言する。

「毒を盛るなどあり得ない、我が帝国はそこまで管理が杜撰ではないと断言できる」

「実際に毒見の者が倒れたなどという事も、ここ数年はありませんでしたしね」

 宰相も追従するように言い出したため、僕は目の前の三人から胡散臭い眼差しで見つめられる事となったわけだ。


「僕は、これから予言をするのですが、もしもその先を知りたいのなら、最後まで聞いて頂きたいと思いますし、その予言に対しての考察や評価をされるのなら、それは後で個人的にしてください」


 不穏な空気を変える意味で紅茶を一口飲むと、カップを置いた僕は、わざとらしく足を組み、胸の前に腕を組みながら視線を天井へと向けた。

 帝国では毎回、同じことがこの後に起こる。その所為で、スヴェン皇子は大切なもの全てを失う事になるのだ。


「我が国もそうですが、血筋を重視するがゆえに、近親婚が進み、王室に生まれる子の数は年々少なくなっています。たった一人の伴侶だけでは子の数が足りないのも事実。そのため側妃、愛妾などを娶ることで、足りない王族の数を補うようにしています。帝国を治めるアウグスト皇帝は愛妻家として有名であり、皇妃クリスティナ様との間にスヴェン皇子と皇女一人をお産みになりました。ですが、広大な帝国を守るためにも皇子一人だけではいかにも心許ない。周囲の意見にも従った結果、娶った側妃ハリエット様は、多産系の家柄ということもあって、次々と皇子、皇女を出産なさいました」


 うちもそれで側妃を娶ろうとしたからね〜、自分は異母弟であるミカエルおじさんと上手くいっているから、僕だって大丈夫だろうと考えていた父上は浅はかだったよな〜


「特にハリエット様のお産みになられたステラン皇子はアウグスト皇帝によく似た面立ちだった為、皇帝の寵愛は皇妃クリスティナ様から側妃ハリエット様へとお移りになった。第一皇子であるスヴェン皇子は文武両道、非常に優秀な皇子であるとの評判ではありますが、次代に優秀さなど求めない輩は、どこの国にも存在するものです」


 傀儡政治とかね〜、求める輩はどこの国にも存在するよね〜


「ここ数年の間で、帝国では空前の健康志向ブームとなっており、大豆の粉(キネーゼ)を使った料理が貴族だけでなく平民の間でも広がっています。ハリエット様が嫁いだばかりの時に、夏疲れをして食欲を無くしたアウグスト皇帝のために、芋の粉を水で練って冷やし菓子とし、大豆の粉(キネーゼ)と黒蜜とをかけたものを用意され、皇帝は喜んでそれを食された。その話を聞いた人々は我先にと同じ菓子を求めて食べたそうですね」


 急に食べ物の話となって戸惑ってはいたものの、当時を思い出されたのか、アウグスト皇帝は口元をわずかに綻ばせた。


「後に大豆の粉(キネーゼ)は健康に良いという事で、パン生地に混ぜたり、焼き菓子に取り入れたりされて、帝国では一般的な食料品として取り扱われるようになったのです」

 だからなんだと、宰相が僕を睨みつけた。

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