第32話
32
『傾国の美女(または魔女)の討伐方法を教えて欲しい』
このような内容の手紙が隣国の公爵令嬢から送られて来たのは3年ほど前のこと。
傾国の美女(または魔女)は、絞首刑、斬首刑、毒殺、撲殺、どれによっても、後に呪いが残り、国は破滅を迎える事となると、その手紙には記してあった。
非常に特異な存在のため、周囲に被害をもたらさない為の対応も教えて欲しいとのことで、聖女伝説が残るヴァルカウス王国ゆえに、何か特異な文献でも発見されることになったのだろうかと、その程度にしか考えていなかった。
また、傾国の美女(または魔女)は、魅了によって他者を精神操作する事が出来る為、こちらの対応方法、または阻害する魔道具などあれば紹介して欲しいという。
傾国の美女(または魔女)についての知識は欠片ほども存在しないが、魅了を使った他者への精神操作については思い当たるふしもある。
それは失われた創世記に記された文章のうちの一つで、
『神より認められた聖女は、他者より信奉され、そのエネルギーを糧とするために、人々を魅了する力に長けている』
というものの他に、
『神より認められた聖女は思いの種と魅了の力により、魔の物を倒す兵士を作り出す事ができる。またこの兵団は聖女の御心に従い、否をいう術を持たない。悪鬼となって敵を駆逐する先駆けとなるだろう』
というものもある。
全ての人が魔力を持っていた時代に、瘴気の渦から生まれた魔の王を倒すために、勇者、聖女、魔導士が旅に出て、その根源を断ち切ったという。なぜかこの『聖女』と『傾国の美女(または魔女)』に繋がりを感じて、古代の書物を引っ張り出して読み進めているのだが、なかなか真実に突き当たらない。
もしもヴァルカウスに『傾国の美女(または魔女)』が生まれ出たというのであれば、是非とも詳しい話を聞いてみたいと思っていたし、親善大使としてヴァルカウス王国の王子がやって来るのなら、直接話を聞くチャンスはあるだろう。
ヴァルカウスのアルヴァ皇子は黄金の髪に紫水晶のような美しい瞳を持った、中性的な顔立ちをした美丈夫で、すらりとしたスタイルの貴公子でもある。
皇帝との謁見の間に現れた、まだ成長途上にある若者を見つめた私は、なぜか彼が自分よりも遥かに年上のように感じてしまったのだった。
まだあどけなさが残る顔立ちをしているというのに、何千、何万という屍の上を歩いてきた者、特有の眼差しをしているし、思慮深いその表情の中には、あらゆる困難に直面してきた者が持つ熟達した思考が読み取れる。
一人は皇帝の息子、もう一人は隣国の王の息子。二人は十五歳と同じ歳となるはずなのに、
「帝国の燦然と輝く太陽である皇帝陛下、紺碧の中にて輝く若き太陽である皇太子殿下、ヴァルカウス王国が第一子、アルヴァ・ヴァルカウスが挨拶に参りました」
恭しく辞儀をする王子を前にして、
「我が従妹、イスヤラ・エーデルフェルトは息災か?」
スヴェン皇子の第一声がこれだった。
皇帝が咳払いで皇子に注意を促そうとしたところ、辞儀をし、跪いたままの状態で、恭しくヴァルカウス王国の王子は答えた。
「我が婚約者は健勝であり、殿下にお会いできない事を非常に残念がっておりました」
「イスヤラが誘拐された、という話は帝国まで流れて来ている。ヴァルカウス王国の治安はどうなっているのか?いつの間にかヴァルカウスは盗賊の住処にでもなってしまったのか?」
「殿下にもご心配をおかけする事態となり、大変申し訳ありません。どうやら、我が婚約者を手に入れようとしたレイヴィスカ教の信者による犯行、すでに犯人は捉えておりますが、皇帝の姪であるイスヤラを虐げる行為に出たレイヴィスカ教を、我々は信奉するべきではないとの意見も多くあり、帝国にて様々な意見を聞いた上で、判断をつけようと考えているところにございます」
スヴェンが顔を上げるように言わないので、アルヴァ王子は跪いたままの状態で会話を続けている。
明らかにヴァルカウス王国を格下と見て馬鹿にしている態度は鼻につくものであり、後に控えているアルヴァ王子の側近たちもまた、同じように跪きながら厳しい表情を浮かべている。
皇帝は何も言うつもりはないらしい。
謁見の間に集まった人々も何かを言うつもりはないようだった。
所詮は格下国の謁見と思っているのだろう。
「陛下、私からヴァルカウス王国の王子へひとつ、問いたき事がございます」
大魔導士の私は、帝国の庇護を受けてはいるものの、扱いとしては皇帝の次に準ずるもの。集まった貴族の中では頭ひとつ抜けて位が高く、突然の発言に物申す輩はいない。
それは皇帝の息子であるスヴェン皇子も同じこと。
皇帝がひとつ頷くのを確認すると、
「アルヴァ・ヴァルカウス王子、ヴァルカウスの方々、頭をおあげください」
跪いていた王子とその側近たちに立ち上がるように促した。
「3年前、貴方様とイングリッド様の娘御であるイスヤラ様との連名でいただきました手紙、これには『傾国の美女または魔女』について問う内容が記されておりましたが、再びこの魔女が現れたというのは本当の事でしょうか?」
傾国の魔女という聴き慣れない言葉を聞いて、貴族たちの間に騒めきがおこる。
「大魔道士殿、傾国の魔女とは何の事ですかな?」
宰相のヨエル・チューリンが疑問の声を投げかけた。
「傾国の魔女、または傾国の美女とも呼ばれるようなのですが、たった一人の女性の事を指し、この女性が現れるところ、国は滅びへと導かれると言われているようです」
「ようするに、美しい女が国を導く身分の者から寵愛を受け、女が散財に散財を重ねて国の国庫が空となり、あっという間に国が傾いていくという、そう言った妖女の事を言っておるのですかな?」
傾国の〜なんていうと、まず思い浮かぶのはそういった類の女になるだろう。
「いいえ、そう言った概念とは全く別の次元にいるのが『傾国の美女または魔女』だとヴァルカウス王国は判断しております」
アルヴァ王子ははっきりと答える、帝国貴族に囲まれている事など全く気にしていないような様子だった。
「傾国の・・ここでは魔女と申しておきましょう。この魔女は人心を操作し、関わる者を破滅に導こうとしていきます。西方に位置するアテナウム侯国が戦争を仕掛ける前に始めるのが侵略すべき国に対する麻薬の汚染です。その麻薬の中でも劇物となりうる麻薬の精製にアテネウムは成功し、自軍の兵士たちにも与えて『不死の部隊』なるもの作り出しています」
麻薬を兵士に与えて特別な部隊を作り出す、なんて話は初耳だった為、周囲のざわめきが大きくなる。
「この特別な麻薬『黒の祝福』の精法に関わっているのが『傾国の魔女』であり、この魔女の所為でカピア族という一族が滅ぼされかけました。我々は自国を汚染した麻薬の調査を行っていたわけですが、調査の結果、この『傾国の魔女』は、この帝国にも潜伏していたものと判断しています」
「その傾国の魔女とはいったいどんな女なのかね?」
「鮮やかなピンクローズの髪にエメラルドのような瞳、美しい顔立ちをした、現在13歳の少女であり、名前はアリサ・ハロネン」
その名前を聞いて、スヴェン皇子が顔を青ざめさせた。
おそらくスヴェン皇子はこの魔女と面識があるのだろう。そこに気付かれ、政敵に利用されればこちらの立場が悪くなる。
「殺したら呪われると以前の手紙で記されていたが?」
私の問いに、アルヴァ皇子は不敵な笑みを浮かべる。
「ええ、そうです。傾国の魔女は、どのような殺し方をしたとしても呪いが発動するようになっています。旱魃、疫病、洪水、地震、噴火、彼女が死ぬとあらゆる厄災が訪れます。ちなみに、私と私の婚約者のイスヤラは、この魔女の呪いを受けています」
呪いを受けていると堂々と言い切った王子は周囲を睥睨すると、
「魔女からの呪いを受けた私たちは、神よりギフトを授かりました。そのギフトこそが『予言の力』なのです」
ヴァルカウスの王子が、こちらが想像もしない言葉を吐き出したので、周囲が騒然となったのは言うまでもない。
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