第27話

 王弟という立場のまま、王宮に住み続けている僕の名はミカエル。

 兄のステラン三世は僕よりも十五歳も歳が違う。兄は正妃から生まれ、僕は愛妾から生まれた。年老いた先代が王宮の侍女に手をつけて生まれたのが僕だった。


 三人の姉がいる兄は僕が生まれるまでたった一人の王子だった為、重圧が相当にきつかったらしい。ヴァルカウス王国は女性に継承権が発生しないため、三人の姉は王位を継ぐ権利がなく、二人は他国へ、一人は辺境伯へ嫁いで行った。

 王子がたった一人では問題だろうと、二人の側妃を娶っても男子には恵まれず、仕方がないかと周りも諦め切った頃に、僕が生まれてしまったらしい。


 周りは色々と思うところはあったと思うのだけれど、

「ああ・・よかった・・・」

と、兄は心の底からホッとしたらしい。

 これで自分に何かが起こったとしても、直系の血を引き継ぐために僕という存在が王家に残る事になる。

 当時は帝国が周辺諸国に対して侵略戦争を繰り返していた為、兄自身、いつ何時、戦地に向かう事になるか分からない状態だった為、僕の存在が心の支えとなったらしい。


 そうして兄自身、妃を娶って子供を授かる事となったのだが、妃から生まれた男児はアルヴァ王子のみ。妃以外を娶る気がなかった兄は、周りからちやほやされて甘やかされながら育っていく息子の姿を見て、まるで自分の姿を見ているような気持ちになったそうだ。


 国が平和なら今のままでも問題ないが、再び帝国や周辺諸国が領土侵攻へと舵を切ることとなったら、我が国とて平穏無事ではいられない。

 何かあった場合に備える必要があるし、たった一人の王子であるアルヴァにも、共に支え合う兄弟が必要となるだろう。周りの側近は兄へ、側妃を娶っては如何だろうかと進言するし、兄自身、僕の存在が心の支えとなったのは間違いなく、息子アルヴァの為にも、側妃を迎えるかと前向きに考え始めたその時に、北方に位置するテンペリアウキオが我が国との戦争が始めたのだった。


「今回の戦をアルヴァの初陣にするだって?アルヴァはまだ十二歳だろ?」


 当時、僕の中の甥っ子は、皆んなに甘やかされた甘ちゃん王子でしかなく、戦争に出たとしても足を引っ張るだけのようにしか思えなかった。


「天候不順が続いた北方のテンペリアウキオは食糧不足ゆえに我が国への進軍を決意したらしい。兵糧不足も著しく、派兵したと言っても敵国に力がない。黒龍騎兵団をつければ負ける事もはないだろう」


 今は平和でもいつ崩れるか分からない状況でもあるため、機会があるうちに戦争とはどういったものなのかと、空気を吸い、肌で感じ取って帰ってきて欲しいという親心みたいなものなんだろうな。


 戦に出る第一王子は初陣の際に『王太子権限』というものを王より与えられるのが我が国の伝統でもあるけど、実際にこの権限を使って戦から帰ってくるなんて王子は、今まで一人として存在しないんじゃないかなあ。

 形ばかりの権威でしかない『王太子権限』を戦地に着くなりすぐ様使い、指揮権を自分のものとしたアルヴァは、自ら戦場に赴いて、あっという間に戦を終わらせてしまったのだ。


「ミカエル、個人的な褒賞としてアルヴァが求めてきたんだが、何を求めてきたと思う?」

 敵国との和解は成立し、我が国はテンペリアウキオに食糧支援を、テンペリアウキオは鉄鉱石の独占販売を約束した。隣国アテネウムと同じ卸値での販売となったが、元々が買い叩かれた状態だったので、我が国に不足など全くない。

 今まで国交すら開かれていなかった北との和平条約がなされた為に、我が国はとりあえず北に対してそれほど警戒をせずに済むようになったわけだ。


「アルヴァがもたらした利益は計り知れないものがありますしねえ、それ相応のものを求めたんでしょうけど、全く想像がつきません」

「アルヴァは私に、側妃は娶るなと言い出したのだ」

「はあ?」

「お前の場合は母親が侍女、それも子爵位の娘だったので、王宮の勢力図を動かすような事にはならなかった。だがしかし、もしも私が側妃を娶って王子を授かるような事になった場合には、確実に国を二分するような派閥が出来、争いが起こるだろうと言いよった」


 己の権力とそれによって生じる利権で甘い汁を吸おうと思う者は多く、自分の娘を側妃にと売り込む者は後をたたない。側妃が有力貴族であればあるほど、自分の血族を次の王に据えようと考えるだろうし、アルヴァ排除に動き出すだろう。


「周辺諸国が安定していない今の状況で、側妃を娶って派閥争いなど自殺行為だと言い出した。確かにその通りだと思うので、私は側妃を迎えず、この度の戦果を理由にアルヴァを立太子する事にした。お前にはアルヴァの後ろ盾となって欲しい」

「僕が後ろ盾となっても、何の得もないと思うけど」

 王位継承など企んでいないと示すために、僕は研究一本で今まで生きてきたのだ。

 王宮を左右する権力なんてかけらも持っていやしない。

「お前の血が奴の後ろ盾となるのだ。それに、アルヴァには政務の一部を任せようと思う」

「まだ十二歳なのに?」

 兄は不敵な笑みを浮かべると、

「奴は本当に十二歳なのだろうか?」

と、意味不明な事を言い出したのだった。


 アルヴァが明確に変わったのは、イスヤラ嬢が婚約者となったあたりからだろう。

 歳の近い側近たちと、和気藹々と遊ぶ事ばかりを考えていたような甥っ子が、まだ幼い側近たちとは決別をして、自分よりも遥かに年が上となる大人を自分の側近として傍に置いた。

「まさかラウリを殿下に連れて行かれるとは思いもしませんでしたよ」

宰相は自分の子飼いが連れて行かれて泣き言を言っていたけれど、重鎮たちは時には呆れ、時には感心しながらも、才気溢れる王子とその婚約者を見守る事にしたのだった。


 アルヴァの婚約者が予言を授けるのは有名な話で(アルヴァも予言を多用するのだが、実は婚約者じゃなく自分自身で予言をしているのではないかと皆んなには思われている)王国を左右するような事態には、この二人が活躍する事になるのだろうと、そんな風に大人たちは漠然とだけど、思っていたのだ。

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