第26話
「渡された麻薬を調べてみたけど、やっぱりハルカラ山で採取した特殊な高山植物を使っているようだった。この高山植物から採取される成分が、幻覚、幻聴、快楽、興奮を引き出して、アレン花よりも中毒性は十倍近く高く、ネズミで試してみても、多量に使えば死を招くし、適量にすれば、やたら好戦的になって夢中で争うようになるみたいだ」
ヴァルカウス王国の王弟であるミカエルおじさんは、そう言って僕の方を振り返ると、いくつものゲージに入れられたネズミを僕の目の前に並べて行った。
「多様すれば廃人同然になるけど、極々少量で頭を突き抜けるような快楽を体験できる。拳一つ大の多肉植物に金貨一枚を払っていたというけれど、その百倍の利益は得られていたんじゃないかなと僕は思うね」
ゲージの中のネズミは暴れ回って体が傷つきまくっているものから、発情して転げ回っているものと異常性は明かで、これがすでに人に対して使われているのかと思うと、背筋がゾッとするような気分に陥るのだった。
「それじゃあ、もしも兵士たちにこの麻薬を使用したとすると、狂戦士となって戦場で暴れ回ることだって可能になるのかな?」
「創世記の一部に記されているんだけど、魔の生き物の集団を破るために、神は『黒い祝福』を授けたといわれている、漆黒の実を取り入れた戦士は、死を恐れずに最後まで良く戦ったとされている」
叔父さんは本の山から古い一冊の古書を取り出すと、栞をはさみ込んだページを開いてみせた。
「漆黒の実は口から摂取せずに、丸薬に火をつけ鼻から煙を吸い込んだ。より快楽を求めるのなら、ごく少量を舌の下へ入れるべし」
黒い版画絵で記されているのは、煙を吸う人々の姿であり、口を開けて舌を突き出す、その恍惚となっている姿は麻薬常習者と同じように僕には見える。
「例えば、国境に接するヴァンタイ村という所があるんだけど、盗賊の襲撃を受けたようで壊滅状態となって発見された。村人の体は肉が引きちぎれて、壁にぶちまけられ、女子供は全て、陵辱を受けた後に切り裂かれていた。あまりの惨状に、魔の生き物が復活したのではないかと王宮まで報告があったんだけど、僕はこれ、アテネウム侯国が我が国に送り込んだ狂戦士による凶行だと考えている」
「アテネウムはすでに兵士にまで麻薬を使っているのか・・・」
アテネウム侯国はアレン花をメインとした麻薬を我が国に送り込むのは今ぐらいからと考えていたのだが、今回はすでに『黒い祝福』と呼ばれる麻薬を実践投入しているわけだ。
「ネズミの実験から判断するに、狂戦士は長くは使えない。いずれは狂って死ぬ運命にあるのは間違いない。今の所はアテネウムもこの特殊な麻薬を多用する事はないと思うけど、品質を改良された場合はわからない」
「ようするに、創世記に出てくる魔の生き物を倒すかの如く、我が国の国民を蹂躙し尽くす事もあり得るって言いたいんだよね?」
過去のループで『黒い祝福』はポッと出てすぐに消えていった印象なのだけれど、今生ではこの麻薬が大きな問題を引き起こすきっかけになりそうだ。
「ちなみに、この特殊な麻薬のレシピをアテネウムに売り付けたのは皇帝の息子、スヴェン皇子だ」
「はあ?」
「アテネウムに潜入中の影が調べてきたから間違いない。帝国は我が国を二分割にして、港湾部分をアテネウムに与える方向で話を進めている」
「本当かよそれ・・・」
それ、過去6度で出てこなかった展開じゃん。
「なんで皇帝の息子がそんな事を・・・」
「分からないの?」
いや、分かってるよ。
帝国の皇子は自分の従妹であるイスヤラに執着を見せている。
だとすると、婚約者の僕や、彼女が住み暮らす王国自体が邪魔となる。
だからって、そこで麻薬?しかも創世記に出てくるような代物を使うか〜?
「という事は、帝国の皇子はすでにハルカラ山の多肉植物の変異種について知っていたという事だよね?」
「知っていなけりゃレシピが完成しないよ」
蛮族カピア族は閉鎖的な遊牧民族なため、帝国と国際交流しているようには思えない。
「ヴァルカウス人の女の子が一族と一緒に住んでたんだよね?」
それかーー〜?
変異種を見つけて、アテネウムの商人に高値で売ろうと言い出した少女。
カピア族を破滅に導いて、アテネウムの支配下に置こうと動いた少女。
「アリサ・ハロネンは、アテネウムだけでなく、帝国とも繋がっていた?」
真っ青になった僕の顔を見た叔父さんは、
「ハロネンって男爵家だったよね?ハロネン男爵家に年若い令嬢なんか居なかったと思うんだけど?」
「・・・」
「確か、ミッコを使って、そんな名前の女の子をアルヴァは探していたよね?」
「・・・」
「ちょっと?お口無くなったちゃったの〜?」
ミカエルおじさんが両手で僕のほっぺたをつねりはじめた。
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