第25話
私は大魔道士ファレス、私がこの離宮に年老いた者しか置かないのは、私の子種を求めた若い女が入り込むのを防ぐためだ。
大魔導士の妻の座を求める者も、大きな魔力を持った子供を求める者も、この世の中には砂糖に群がる蟻がごとくいて、辟易とした私は隠居を願い出たのだが、皇帝はそれをお許しにはならなかった。
皇帝は私に、隠居所の代わりに離宮を与え、好きな事をして過ごして良いと許しを与えている。その代わり、次代の皇帝の後見人としての役割をお与えになったわけだ。
失われゆく魔力への研究を飽きる事なく続けている帝国には貴重な蔵書も多い為、山奥に引きこもらずに離宮に引きこもる事を選んだのだが、そんな私の元へ、たびたびスヴェン皇子が遊びに来るようになっていた。
彼は幼い時より帝王学を学び、次代の皇帝としての責務をその小さな体に背負ってきたのだが、皇帝が側妃とその子供を溺愛するようになってから、彼の責務を軽んじる者が目に見えて多くなっている。
「俺はね、イスヤラをお嫁さんにしたいんだよ!」
皇子の恋慕は成長してもなお続いていた。
「イスヤラの婚約者が決まったんだよ!しかも相手は、ヴァルカウス王国の王太子だっていうんだよ!」
ヴァルカウス王国は帝国の西に位置しており、国土は帝国の三分の一、国力も帝国とは比にならない。歴代のヴァルカウスの王は帝国が国土を拡大していく際にも上手く立ち回り、帝国に取り込まれないよう、細心の注意を払いながら動いている。
皇帝の末の妹であるイングリッド姫がヴァルカウス王国の公爵家に嫁いで以降、国家間の繋がりは太くなっていると言える。そのため、帝国との関係を強化したいヴァルカウス王国の王太子が皇帝の姪であるイスヤラと婚約したとしても、何も不思議な事はない。
「ヴァルカウスの王太子とイスヤラが結婚するなんて許せない!ファレス!なんとかしてよ!」
皇子が何かを求めるという事はほとんどない。唯一求めたのが従妹のイスヤラ嬢だったのだ。
「なんとかしたいなら皇子自身が動かなくてはいけないでしょう?どうしたらイスヤラ様が隣国の王太子と結婚せずに済むのか計画を立てて、作成した計画書を私に提出してください」
私の魔力は期待しないでくださいよ?と釘を刺しながら、私は後見人として、彼の力量を測る事にしたのだった。
「ファレス!一応、僕なりに作戦を練ってみたよ!」
殿下の言う作戦は、イスヤラ嬢を手に入れるために、ヴァルカウス王国を帝国の属国とする内容のものであり、ヴァルカウス王国の国力を削ぐための作戦というものが、事細かく述べられていた。
その内容は、十二歳の子供が考えるにはあまりにも出来が良すぎたために、
「殿下、これを作るのに、誰かに手伝ってもらったのではないですか?」
と、問わずにはいられない。
「アドバイスは貰ったよ」
「誰から?」
「いつも俺の部屋を掃除にくる掃除婦の子だよ」
「掃除婦の子?」
「ピンクの髪の毛の可愛らしい子なんだけど、俺を見てもあんまり物怖じしないんだよね。それで、俺の計画書を見て、こうしたらいいってアドバイスしてくれたんだよ」
掃除婦が殿下の計画書にアドバイス?
敵国の間者でも入り込んでいたのだろうか?
「テンペリアウキオが食糧不足で困っているから、アテネウムを使ってそこを突けば、国土を求めたテンペリアウキオがヴァルカウス王国に攻め入るだろうって。そうしたら、ヴァルカウス王国の国力を削ぐことになるだろう?」
「まあ、そうですね、可能といえば可能な作戦だとは思いますが・・・」
テンペリアウキオ首長連合国がどうなろうが、ヴァルカウス王国がどうなろうが、帝国には関係がないので、皇子に作戦遂行を許可するのと同時に、皇子が言っていたピンクの髪の毛の掃除婦を探させたところ、少女はすでに職を辞して、王城から出て行った後だった。
そうして、皇子の作戦通りに、テンペリアウキオをぶつけてみたところ、ヴァルカウス王国はあっけなく勝利を掴むと同時に、アテネウムからテンペリアウキオを引き離して、自国に取り込む事に成功したのだった。
全てを差配したのは、皇子と同じ年齢の隣国の王太子。戦でも陣頭指揮をとり、大きな活躍をして軍を勝利に導いた。
しかも、騎馬民族のプライドを損なわずに、北方の鉱山から採掘する鉱石の独占購入権を手に入れたのだから、周辺諸国が大いに驚いたのは言うまでもない。
「それで?計画が失敗したというのは、ヴァルカウス王国を麻薬漬けにするという殿下の計画が失敗したという事ですか?」
テラスの席に座り、紅茶を飲みながら問いかけると、殿下は苦虫でも噛み潰したような様子でこちらの方を見上げてきた。
「ヨーナス・ヴィルカラが捕まったと話した時点でわかっているくせに」
ヴィルカラ侯爵はヴァルカウス王国の貴族に麻薬を浸透させていくための布石であり、一部の貴族はその甘味を傍受している。
「黒い祝福をもっと広めたかったんだけどなあ・・それも無理そうなんだよ・・」
現地では幸福(バクウェ)と呼ばれる高山植物を使った麻薬の事で、これを使って狂戦士を作り出し、魔の生き物の殲滅に使ったのだと創世記の原本にも記されている。
この製法を皇子はアテネウムに売り渡していた。
「皇子はまだ麻薬を使うおつもりですか?」
「いや、もう麻薬の方はやめようかな」
光の神を信奉するヴァルカウス王国では、麻薬の取引を法で禁じている。すでにヴィルカラ侯爵領で栽培していたアレン花の畑は焼き払われているし、国境での検問も強化されている。
「国境を襲わせようと考えていた蛮族も、ヴァルカウスの王子が取り込んだらしい。なんで俺の手駒を次々に取り上げるような事をするかなぁ」
「うーーん『予言の聖女』と呼ばれるイスヤラ様が助言を与えているって事ですかねえ」
「本当に『予言』が出来るのなら、帝国としても欲しい人材だよね?」
「そうですねえ」
皇帝はスヴェン皇子の伴侶として自分の姪となるイスヤラは考えていないらしい。例え予言が出来たとしても、皇子の伴侶とするには血が近すぎる。
代々、近親婚が繰り返されてきた皇室としては、新しい血を入れて子孫を増やす事を優先して考える。多産の側妃の影響で、皇帝は古い血に固執しなくなっているのだった。
「それでは次の作戦はどうなさるのですか?」
「それなんだけど・・・」
大魔導士が使用する離宮を訪れる人間は、王族またはその使者のみとされている。
歓談中に扉をノックされる事も稀であり、顔を覗かせた人物を見て、思わず驚いた。
灰色の髭を生やした中肉中背の壮年の男は、帝国の宰相、ヨエル・チューリンであり、持っていた封書を恭しく皇子に渡しながら、
「隣国ヴァルカウス王国の王太子、アルヴァ・ヴァルカウスが親善のため、我が国を訪れたいとのことであり、皇帝も王太子の来訪をお許しになりました」
と言って、口許に微笑を浮かべる。
「スヴェン皇子にはアルヴァ王子の接待を任せたいとのこと、ご承知頂けますでしょうか?」
「ヴァルカウスの王子が帝国へとご機嫌伺いにやってくるのだな、承知したと父上に伝えておいてくれ」
皇子の仮面を被った殿下が微笑を浮かべて封書を受け取ると、ヨエルはくるりと私の方へ向きを変え、こちらに向かって恭しく辞儀をした。
「貴方様のお働きに、皇帝も十分に満足をしております。今後もこのまま、帝国に尽くして頂ければと思います」
宰相は中立派。正妃、側妃、どちらの皇子が良いか等という事には意を示していない。
魔導士である私はスヴェン皇子の補佐をする形となっているが、とりあえず今はそのまま続けてくれという事なのだろう。
「わかりました、皇帝によろしくお伝えください」
私が笑みを浮かべると、ヨエルも口許を綻ばせて笑みを浮かべる。
しかし、その瞳は全く笑ってはいなかった。
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