第24話
俺は帝国を治める皇帝の息子であり、第一皇子であるスヴェン・スカルスガルドだ。
月光を溶かしたような銀色の髪に、太陽の雫を落としたような美しい金色の瞳。神が丹精込めて作り上げたような美しさを持つ俺の従妹姫は、隣国の公爵家の娘だった。
叔母が一目惚れをしたというだけあって、公爵自身も稀に見る美丈夫で、美男美女の二人から生まれたのだから、従妹姫が妖精のように可憐で美しいのは自然の摂理なのかもしれない。
「母上!僕はイスヤラと結婚する事にしました!」
親睦も兼ねて隣国を訪れていた俺は、王城に帰ってくるなり即座に母上に願い出た。
あんなに可愛らしい女の子なら、きっと母上だって許してくれるのに違いない。
母上が許すなら、父上だってイスヤラとの結婚を許してくれるだろう。
「まあ!まあ!まあ!あなたはイングリッド様の娘御のことが気に入ってしまったのね!確かにイングリッド様は美しい方だったから、あなたがその娘御を好きになる気持ちも分かるけれど・・・」
母上は少し困ったような表情で言い出した。
「あなたの伴侶はお父様がお決めになる事だから、私はただ、あなたがイスヤラ様の事を気に入ったようだとしか言えないわ」
「えええーーー〜!僕はあの子がいい!あの子がいい!」
「今はイスヤラ様のことが良いと思うかもしれないけれど、後から他の女の子の方が良いと言い出すかもしれないわ。その時に後悔したらどうするの?」
母上の悲しそうな表情を見上げて、思わず言葉を飲み込んだ。
長年、母だけを愛してきた父は、皇位を即位した際に、臣下の勧めを受けて側妃を持つ事となったのだ。娶った側妃はすぐに懐妊し、玉のような男の子を出産した。
母に似ている俺とは違い、側妃の子は父に良く似ていたという事もあって、父は側妃とその子供を溺愛するようになっていた。
皇帝と皇妃としての二人の仲は安定したものではあったものの、皇帝の愛情は側妃とその子供達へと移っていると噂になっている。多産系だった側妃はその後も皇子二人と皇女一人を産み落とした。
今のところ継承者として確固たる立場を築いてはいるが、側妃の子供達が成長していくにしたがって、俺の立場も悪くなる。
そうなってくると、俺の伴侶を誰にするのかという事が重要になってくるわけだ。
「ファレス!ファレスは居るか!」
スカルスガルド帝国の若き大魔導士、ファレス・マットソンの元を訪れると、古書の山に沈み込むようにして書き込みをしていたファレスが、
「入らないでくれ!スヴェン皇子!せっかくまとめた資料が崩れ落ちたら、また最初からやり直しをしなければならなくなる!」
と、ヒステリックな声をあげる。
「入らないからさっさと出て来てくれないか!」
「なあに?また何かあったわけ?」
「大問題が起こったんだ!計画が失敗したんだよ!」
背中まで届く漆黒の髪を一つにまとめたファレスは顔立ちの整った男で、黒曜石のような瞳で睨みつける。
「イスヤラが誘拐されたんだよ!」
「誘拐された!んじゃなくて、もう、あちらの王子に助けられたそうじゃないですか」
俺は十五歳、ファレスは三十歳、年が倍以上あるファレスは俺の兄のような存在で、この宮殿で俺が平穏無事に暮らせているのはファレスが後見人となっているからだ。
「ヴァルカウス王国の教会は想像以上に腐っていたみたいだ。教会とアテネウムから金を貰っていたヨーナス・ヴィルカラとその一族は、イスヤラの誘拐に手を出した。侯爵の家族全員が絞首刑となるらしい」
「絞首刑?ヴァルカウス王国は好んでギロチン刑を執行していたように思うのですが?」
「向こうの王子が廃止に追い込んだらしい。血が飛び散るし、色々と不衛生だというのが王子の意見のようで、衆人環視の刑の執行なら、他のものでも構わないだろうと言ったらしい」
俺の表情を読んだ様子のファレスは、俺の肩を軽く叩きながら、
「とりあえずお茶を用意しましょうか」
と言って笑顔を浮かべた。
ファレスは偉大な大魔導士だ。
帝国に反乱を企てた国ひとつを、たった一人で破壊したファレスは帝国の庇護下に置かれており、与えられた離宮で好きな研究だけをして暮らしている。
最近では創世記から端を発した古代の歴史研究に没頭しているため、部屋から出てこない事も多い。
日当たりの良いテラスにお茶と茶菓子を用意してくれた老婆が一礼をして部屋から出ていった。この離宮には三人の老婆と中年の掃除婦しか働いていないため、王宮とは比べものにならないほど静寂に満ちている。
「とにかくイスヤラが無事なのは良かったんだけど、ヴィルカラ領は王領として接収することになって、そこの管理をヴァルカウスの王太子がするみたいだ」
ヴァルカウス王国の世継ぎの王子はたった一人しか居ない、俺と同じ十五歳で、すでに初陣を済ませ勝利をその手に掴んでいる。
十三歳の時から執政にも絡んでいて、数々の政策を打ち出しては大人の度肝を抜いているらしい。神童と称される彼に助言を与えるのが婚約者のイスヤラで、次々と出される予言とも言えるイスヤラの助言はほぼ的中する事もあって、『予言の聖女』とイスヤラは呼ばれている。
俺だってイスヤラが傍にいれば、アルヴァ王子と同じだけの働きが出来ると断言できる。だと言うのに周りの大人は、隣国の王太子を見習え、見習えと、俺を見かけるたびに声を揃えて言うのだった。
俺よりも隣国のアルヴァ王子の方が優秀だ、俺よりも側妃が産んだ第二皇子の方が溌剌として活発だ。第三皇子の方が鋭意活発だ。
第一皇子である俺よりも、世の中にはよっぽど優れた人間が居るらしい。だから、スヴェンという名前の俺自身を見てくれるのは、皇妃である母上と大魔導士のファレスしか居ない。
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