第23話

 丁度、僕とイスヤラの婚約が破棄となる位の時に、ヴィルカラ侯爵が我が国では認められない麻薬の使用で裁判にかけられる。

 この裁判には、侯爵が愛人として囲っている娼婦が証人として出てきて、

「侯爵様は私に対して鞭や蝋燭を求め、ピンヒールで踏みつけられるのが大好きな方でしたのよ!あられもない嬌声を侯爵様が上ているのは知っていた事ですけれど、まさか麻薬をやっていただなんて思いもしませんわ!」

と、宣言しながらも、本人自体が麻薬中毒患者となっている。

 領地内で栽培していたアレン花畑も摘発され、全て焼かれてしまう事となるのだけれど、貴族の称号も剥奪され、平民落ちした所を隣国アテネウムに拾われる事になっている。


 イスヤラの事が心配だった僕は山には向かわずに、グスタフからの報告書を読んでいたわけだけど、そこで、死ぬほど驚く事になったわけだ。


 あのアリサ・ハロネンがハルカラ山に2年前から居て、彼女が特殊な麻薬の元となる、高山植物を見つけたこと。

 この高山植物に目をつけたアテネウムの正規軍が山までやってきて、雪崩で崩壊していたカピア族の集落を襲おうとしていたこと。

 運良く助けに入る事が出来たので、アテネウム軍を全滅させた事。

 病で喘ぐカピア族と家畜の様子を見て、水源に毒を盛られたのではないかと判断したこと。状況から考察するに、アリサという娘が水源に毒を盛って、部族が弱った所に、アテネウムの正規軍を招きれ入れたのではないかという事。

 アリサ・ハロネンと思われる娘は逃げ出してしまったようだが、報復のためにアテネウムが動くことはまず間違いないだろう。


「イスヤラ、乗馬服もとっても似合っていたけど、今のドレスもとっても似合っているよ。まるで光の妖精のようだ」

「まあ!殿下ったら!」


 カピア族を歓迎するための昼餐の用意は出来ているので、乗馬服から紫色の美しい刺繍が施されたデイドレスへと着替えてきたイスヤラが、僕のエスコートを受けながら頬をポッと赤らめた。

「しかも僕の瞳の色を使ったドレスを着てくれるなんて嬉しいよ」

「そもそもこれ、殿下が用意されたドレスじゃないですか?」

確かに、僕が用意したドレスなんだけどね。


 仲良くおしゃべりしながら歩く僕らの姿を周りが生温かい目で見守るのはいつもの事だ。水晶のシャンデリアがぶら下がる、大人二十人は並んで座れる長卓が置かれた食堂へと足を運んでいくと、すでにカピア族の面々は席について、こちらを待っているような状態だった。


「待たせてしまって悪かったね」


 遊牧民族である彼らと定住民族である僕らは、そもそもの生活スタイル違うし、食べている料理のスタイルも違う。信仰している神も違うし、着ている衣服も、顔立ちも、体つきだって違う。

 高身長で肌の色の白いヴァルカウス人に比べて、カピア族は背がそれほど高くなく、褐色の肌をしている。がっちりとした筋肉に覆われているため、体が横に広がっているようにも見えるのだ。

 ヴァルカウス人は彫りが深い二重瞼の人間が多いのに比べて、カピア族は鼻が低くて目が一重瞼の人間が多い。

 山岳に住む遊牧民族は遥か東大陸から移動してきたとも言われているために、平原地帯に住む我々とは見た目の相違がみられるし、その見た目の違いが差別へと繋がっているのは間違いない。


「先ほどのあれは何だったんでしょうか?」

僕らが席に付くと、挨拶もそこその状態で、向かい側の席に座るアメフトジャンが問いかけてきた。

「先ほどのあれとは?」

「あれとはあれです」


 アメフトジャンは隣に座る側近と思われる男たちと顔を見合わせると、覚悟を決めた様子で言い出した。


「最初に、蛮族は出ていけと言い出した男は、明らかに農夫には見えませんでした。俺たちに出ていけと最初に言い出した人間は、農夫の格好をしながら、農夫ではなかった」

「それであの騒ぎです。俺たちにゃあ、理解できません」

「本当に、わけわかんないっす」 


「くっふっふっふっ」

 あの状況で仕込みには気がついたわけだ。

「あなた達を受け入れるためには、地元住民の意識改革が必要だと思ったのです。彼らは長年の慣習から、あなた達のような山の高所に住む人々のことを『蛮族』と侮って暮らしてきました。ですが、彼らの領主が大きな間違いを犯したために、連座となって領民全体も現在危機的状況に陥っている。あなた達をどうのこうのとは言っていられないほどの危機的状況にね」

 僕は手掴みでパンを取ると、スープに浸して口に放り込む。


 目の前にはスープ、パン、鶏肉を捌いて油であげた手掴みで食べられる肉、豚肉の煮込み料理、果物などが、好きに取って食べられるように置いてある。

 僕は完全にマナー無視で食べているけれど、隣のイスヤラは侍女に食べたいものを取り分けてもらいながら、淑女らしく、カトラリーを使って食べ始めた。

 相手が食事に手をつけやすいように、また、毒などは入っていませんよ〜と示すために、招いた側から食べ始めるのがカピア流だ。


「ヴァルカウス王国が治めるこの地域、ヴィルカラ領を治める領主は、隣国アテネウムの手先となって、我が国に仇なすために、私の婚約者までも誘拐したのです。そうして、話を聞くに、あなた達もアテネウム侯国から甚大な被害を受けている。同じ敵を持つ我々は手を組むのに調度良いとは思いませんか?」


 僕の言葉にアメフトジャンが難しげな表情を浮かべると、イスヤラが、口元に微笑を浮かべなら鈴を鳴らすような声で言い出した。

「カピアの民は、アレン花を栽培してその実をアテネウム侯国に卸しているという話を聞いたことがあります。生活の主な収入源はやはりアレン花だったのですか?」

 イスヤラが調度冤罪で捕まるくらいに、アテネウムから流れてきた麻薬が国内で大きな問題となるんだよな。ハルカラ山が一大栽培地となっていたのは有名な話だ。


「いや、我々の収入源は羊と馬の売買であって、花などは作ってもいない。そもそも、我々が住む地域は高所すぎて花の栽培などには向かない。我々の一族から出た者や、遊牧にはむかなかった流れ者なんかがアテネウム侯国の近くに集まって、花の栽培をしているという話は聞いたことがあるが」


 やはり、まだカピア族はアテネウムの支配下には置かれていない。

 僕は安堵のため息を吐き出すと、客人に向かって笑顔を浮かべた。


「お互いに食の文化も違うのですから、お互いの道理に従って食べましょう。僕の婚約者は貴族令嬢らしく食べますが、僕はヴォルカウスの軍隊方式で食べます。ですから、あなたが方も、自分の好きなように食べてください。難しい話は、食事の後の方が良いでしょう」 

 そう言うと、同じくテーブルについていたグスタフと側近たちが、僕と同じように手掴みで食べ始めた。その姿を見て、カピア族の男たちも恐る恐るという感じで、肉に手を出したのだった。

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