第21話

 標高5000メートル級の山脈に住み暮らすカピア族は遊牧民族のため、一箇所に定住せずに放牧をしながら移動する。

 元々はテンペリアウキオ首長国に住み暮らしていた一族だったのが、首長同士の争いに敗れ、追われる立場となってしまった。そうしてハルカラ山へと住まいを移した一族は、テンペリアウキオからも、アテネウム侯国からも蛮族扱いを受ける事となったのだった。


 ハルカラ山は、住むには厳しい場所となるために、国を追われて逃げ出した人々が最後に到着する場所とも言われている。、同族内での婚姻を続けていては血が濁る事も多いため、余所者が住み暮らして血を入れることを良しとするようにもなっていた。


 調度2年ほど前に、鮮やかな薄桃色の髪の色をした親子がハルカラ山へとやってきた。狼から逃げていたところを発見し、母親の方は大怪我を負ってそのまま命を落としてしまったのだが、娘の方は怪我一つ追わず、元気そのものだった。


 族長の息子ラハトはまだ結婚を決めていなかったため、美しい娘はその息子の嫁候補として引き取られる事となったのだが、ヴァルカウス王国からやってきたというその娘は気さくで、良く働いたから、すぐに皆と打ち解けていた。


「アリサが凄いものを見つけて来たんだよ」


 族長の息子ラハトが持って来たのは、変わった見かけの多肉植物のようで、通常であれば緑色をしているそれは、紫と赤が混ざり合ったような奇妙な色合いをしていた。

「これがあればカピアは豊かになるんだよ!」

 そんなもので一族が豊かになれるとも思えなかったが、行商に来ていたアテネウムの商人に渡したところ、その商人はすぐさま国から戻ってきて、金は払うから取れるだけ取って来てほしいと言い出した。

 大人の拳大の大きさしかない丸々とした植物に、商人は一つに対して金貨一枚を支払うと言い出した。


 幸福(バクゥエ)と名付けられた高山植物は非常に珍しいもので、遥か崖の上の太陽の光が当たる一部の場所でしか見つけられない。

 族長の指示の元、普段は人が入らない場所へと足を踏み入れて、人が登る事など出来ないような高所を移動して、男たちは喜び勇みながら幸福(バクゥエ)を取りに向かう。


 商人は何の躊躇もなく金貨を払っていくので、やがて幸福(バクゥエ)を取り尽くしてしまった男たちはより高所へ、我れ先にと崖を登っていく。

 そうして起こったのが巨大な雪崩で、一族の半分が雪の下へと埋まってしまったのだ。

 生き残った者たちは嘆き悲しんだが、その後に襲ったのが恐ろしい疫病で、子供から先にバタバタと倒れていく。

 高熱が続き、真っ赤な発疹が体を覆い尽くせば死にいたる。

 命懸けで稼いだ金貨は薬代となってあっという間に消えて、金があらかたなくなってしまった後も、病を発症する者が絶えない。

 そのうちに、この病は羊にまで広がり始めてしまったのだった。


「今まで平和だったのに、誰の所為でこんな事になってしまったんだ!」

 他所者を嫌っていた部族の一人がヒステリックに騒ぎ出す。

「誰の所為でこんな事になったのだ!幸福(バクゥエ)を見つけなければこんな事にはならなかったんじゃないのか?」

 疲弊した一族は皆、族長の息子とその婚約者に怒りを向けた。

 族長の息子のラハトはすぐ様捕まり、袋叩きとなって命を落としたのだが、元凶となったアリサという異国の娘が見つからない。


 娘は何処だと探している間に、アテネウムの正規軍がハルカラ山へとやって来た。

「蛮族どもよ!すぐさま幸福(バクゥエ)を我々に供出せよ!さもなければ一族全員を皆殺しにする事になるぞ!」

 黒髭の大男が居丈高に言い出した、その後ろには、薄桃色の髪の女が隠れるようにして確かに立っていたのだ。



「アフメトジャン!殿下からの指示が届いたぞ!まずは族長であるお前と話したいと殿下は仰っているようだ!」


 アテネウム侯国の正規軍を蹴散らした男、ヴァルカウス王国の黒い悪魔とも呼ばれる黒龍騎兵団の団長であるグスタフ・アンドレセンが、厳つい顔に子供のような笑みを浮かべながら、こちらの方へと駆け寄ってくる。


「我が殿下は、アテネウム正規軍との衝突もお許しくださったわ」

 真っ黒な武装で身を固めたヴァルカウスの騎兵団は、武器を持たない一族へ襲い掛かろうとしていたアテネウムの軍をあっという間に血祭りにあげてしまったのだ。


 国の許しもなしに他国の兵士を蹂躙するのは許されない事ではないかと心配していたのだが、そもそもアテネウムがヴァルカウス王国に喧嘩をふっかけて来ている状態だったのもあって、全く問題はなかったらしい。


「アフメトジャンは流行病だと言っていたが、やはり殿下も私と同じ意見で、毒を使われたのだろうと言っている。山の麓に広がるヴィルカラ領は王領となるようでな、そちらの方で一族を受け入れるから、下山の用意をして欲しいと言っている」

「ヴァルカウス王国が我々を受け入れるだって?」

 俺はヴァルカウスの文字が読めないから、グスタフ騎兵団長が親切にも殿下からの手紙を読んでくれていたのだが、言われている内容が理解できない。


「お前らヴァルカウス人は散々俺たちの事を人間以下だと罵ってきたじゃないか!山に住む悪魔と!山に住む化け物と散々コケにしてきて受け入れるだと!まさか、我々一族を奴隷として隷属させるつもりなんじゃないのか!」

「奴隷?」

 剣を奮えば鬼も逃げ出すと言われるグスタフ騎兵団長は、人懐っこい笑みを浮かべながら、自分の髪の毛をぼりぼりとかきむしった。


「我が国では宗教の関係上、奴隷制度は認められなかったと思うのだが・・・」

「それでも・・それでも!我々を搾取するために!何か企んでいるんじゃないのか!」

「ああーー〜殿下が何を考えているのかは、直接、お前が聞いたら良いと思う。とにかく、水源が毒で汚染されているし、食料だって底を尽きそうだし、病の人間も多くて元気な者たちで面倒を見るのも限界に来ているだろう」


 グスタフたちは俺たちの惨状を見て、すぐさま、自分たちが持って来ていた食料を俺たちに提供して、自分たちは野山の獣を狩って食料としている。

 雪を集めて火を焚き、水を作り出しているのもグスタフたちだし、元気になった子供たちの面倒を見ているのもグスタフの部下だったりする。 


「お前たちカピア族が俺たちを信用できないという気持ちはよくわかる。今まで蛮族と忌み嫌って来たのは俺たちヴァルカウス人だし、その歴史も長い。だけどな、とりあえず族長としてお前は殿下に直接会って、部族の未来を決める判断をしなければならない」


 ラハトが死んでから、俺が一族を率いる族長の地位に就いた。武力の点で言えば、目の前の騎兵団長と同じくらいには強いと自負している。

 もしも王子がこちらを侮る態度に出て来たとしたら?

 精鋭の部下を連れて行こう、もしも我らを侮辱するようであれば、目にもの見せてやれば良いだけの事なのだから。

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