第19話
いつも毎日のように花を送ってくれた殿下から花が届かなくなった。
目を合わせても、すぐに目線を逸らしてしまうその姿を見て、
「ああ・・やっぱり・・結局はそうなってしまうのね」
目の前に突きつけられた現実を見て、大きなため息がこぼれ落ちる。
そんな元気のない私の様子を、侍女のイリナが心配そうな瞳で見つめている。
私がこの先、ギロチンにかけられるって事は、実家が没落するって事で、実家が没落するって事は、そこで働くイリヤだって苦境に陥るって事でしょう。
魔法契約のおかげでギロチンは食らうことはないから、別の方法で殺されるって事かしら。
そもそも、イリヤは私付きの侍女だから、色々と問題を捏造されて私と一緒にギロチン刑とかもありうるわけよ。
まあ、私がギロチンを食らう時は、いっつも私一人だったけどね。
はーーーー〜、と私が何度目になるか分からない大きなため息を吐き出していると、客間の扉がノックされる。
殿下だったら、どんな顔をして会えばいいのか分からなくって、縋り付くようにして応対にでたイリヤの方を見ると、
「ミッコ様が紅茶と美味しいケーキを持って来てくださったようですよ、一緒にお茶にしませんかとの事ですが」
と、笑顔でイリヤが言い出した。
甘いものが大好きなイリヤだからなぁ、きっと好みのケーキが並んでいたんだろうなぁ。
ミッコ・オールベルグは殿下の側近で、王家に仕える影、つまりは間諜など、隠密裡に仕事をする人たちを統括する長のような人で、過去4度、殿下とその側近に冤罪をふっかけられ、罪を着せられた際に、最後まで私たちの罪は冤罪だという証拠を集めて、裁判をひっくり返そうと足掻いてくれた人だった。
まあ、証拠集めはうまくいかなくって、最後にはギロチンを食う事になっていましたけれどね。
「公爵令嬢はご不満に思うかもしれませんが、もし宜しければ私と侍女のイリヤ殿、そして公爵令嬢の三人でのお茶会をさせていただいても構いませんでしょうか?」
応接室のテーブルの上に三人分の茶器とケーキを並べながらミッコが悪戯っぽく言うので、思わずイリヤの方を見ると、イリヤは優しい微笑を浮かべながら一つ大きく頷いた。
本来なら、使用人と公爵令嬢である私が一緒にお茶をするなどという事は起きえない事なのだけれど、イリヤが良いというのなら私に否はない。
「要するに、今だけは無礼講という事?だったら私のことは公爵令嬢などと呼ばずにイスヤラと名前で呼んでちょうだい」
私の言葉に、ミッコは笑みを浮かべながら一つ頷いた。
テーブルの上にはフルーツタルト、アップルパイ、クリームがたっぷりと添えられたシナモンケーキ、色鮮やかなマカロンが並べられ、イリヤが嬉しそうに笑うので、私はイリヤに好きなケーキを選ぶように声をかけた。
流麗な仕草で用意されたのはハーブティーで、ミッコは自分の席に座ると、しばらくの間は、王都で流行のカフェは何処だとか、この領地では観光向けに、こんなレストランがあるとか、たわいもない話で場を盛り上げた。
そうして、ケーキを一つ食べ終わった頃に、
「イスヤラ様はアリサ・ハロネンという令嬢の事をご存知ですか?」
と、ミッコは本題に入ったらしい。
「ハロネンというと男爵家ですわね?」
「ええ、現在、ハロネン家には令嬢など居ないのですが、アリサ・ハロネンという名前の令嬢が確かにこの世には居るらしい」
殿下は王家の方でもアリサについては調べると言っていたので、ミッコも殿下の指示でアリサの行方を調べているのだろう。
胸がギュッと痛くなるのは錯覚よ、私は殿下の事などなんとも思っていないのだから。
ただ、彼女の名前が出てくると怖くなるだけ。
だって、彼女が現れると、私はどうでも良い存在に、あっという間になってしまうから。
「イスヤラ様は誤解をされているようなので、あえて訂正させて頂きたいのですが」
何を訂正するというのだろう?
疑問と不安で気分が悪くなってくる。
私の不安を感じたようで、イリヤが私を励ますように笑みを浮かべる。
ミッコがティーカップをソーサーの上へ戻すと、私の瞳を正面から見つめながら、はっきりとした言葉で言い出した。
「部下からイスヤラ様が誘拐されたという報告を受けたのは私で、即座に殿下の執務室へと向い、殿下にイスヤラ様が誘拐されたと報告したのですが、その時、殿下は護身のためにと壁に立てかけていた剣を即座に手にお取りになり、王宮の2階の窓から飛び出しました」
「はあ?」
淑女らしくない声をあげたのは仕方がないんじゃないだろうか?
私を咎めるような事はしなかったものの、ミッコは大きなため息を吐き出した。
「殿下は物慣れた様子で王宮の屋根の上を走り出しました。私も即座に追いかけましたが、全く追いつけない程のスピードで、動きに全く迷いがないのです。そうして、屋根から木を伝って厩舎裏に降り立つと、鞍をつける時間も惜しいとばかりに裸馬へと跨がりまして、そのままの勢いで王宮を飛び出して行ったのです」
「まあ・・・」
あまりの話の内容に、侍女のイリヤもあんぐりと口を開けた。
そのことも咎めはせずに、ミッコは咳払いを一つする。
「護衛をつける暇もありません。私も慌てて殿下を追いかけましたが、殿下は全く迷うそぶりも見せずにルピナスの丘を通り過ぎ、領境の大きな森の中へと突き進んで行きました。途中、道が遮断されているように偽装された場所にも突っ込み、枯れた枝葉を撒き散らしながら馬を走らせ、そうして見えてきた猟師小屋に単身飛び込んで行ってしまわれたのです」
すごい熱意、そこまでアリサに会いたかったのかしら。
「そうして、ようやっと殿下に追いついた私は、問題の猟師小屋に入り込んだわけですが、小屋の中には泣き叫ぶ子供が大勢いて、明らかにたちが悪そうな男たちが、目や鼻、喉を切り裂かれた状態で倒れていました。殿下はテンペリアウキオ戦を戦った英雄ですからね、とにかく手が早いんです。そうして、こう、とても令嬢が隠れることなど出来ない棚を開けたり、扉を破壊しながら、イスヤラ!イスヤラは何処だと、狂ったように探し回っていたのです」
「え?私の名前を呼んでいたのですか?」
「殿下はイスヤラ様がその猟師小屋に攫われたと予言でも受けたのでしょうか?確固たる信念を持って助けに行った場所に貴女様がいなかったので、見ていられないほどの慌て方で、このままではどうしようかと考えあぐねてしまったものです」
ミッコはつぶやくように言った。
「まあ、最後はゲンコツを食らわせて止めましたけれどもね」
「そ・・それで?それからどうなったんですか?」
「イスヤラ様はたった一人の王子であらせられるアルヴァ殿下の婚約者ですから、いつ何時、誰に狙われるかも分からない状況でしたので、私の部下が護衛についておりました。イスヤラ様の誘拐された経路については部下がこちらへ連絡を飛ばしていたのです。殿下は即座に王太子権限を使って我が国最強の黒龍騎兵団を動かして、イスヤラ様を助けるために向かわれたのです」
私を助けるために王太子権限?黒龍騎兵団?確かに、厳つい男の人たちが護衛についているけれど、あれって黒龍騎兵団の人だったのかしら。
「あの時は助けに入るのが遅れて申し訳ありませんでした。まさか、侯爵が貴女様へ暴力を奮うとは思わなかったのです。でも、あの予言も凄かったですね、蝋燭、鞭、ピンヒールに棍棒でしたっけ」
ミッコは堪えきれないって感じで笑うので、自分の顔が赤らむのを感じた。
「あの時も殿下は我々の言う事など一つも聞いてはくれませんでした。勝手に飛び込んで、あっという間に二人の男を排除してしまわれたのです。あの後、お二人が泣き出した姿は微笑ましく思いましたが、それでもねえ・・・」
小さなため息をホッと吐き、
「殿下は、ずっとイスヤラ様の事だけを考えていらっしゃいました。アリサ・ハロネン?他の女性?まさか、全然です。貴女様一人を助け出すために、ヴィルカラ領全体を即座に制圧できるだけの戦力を、たった一人で動かしたのですから」
と言って、紅茶に口をつけた。
え?でも、確かに、目が覚めた時に、アリサ・ハロネンの事を言っていたと思うのだけど。
「お嬢様、私からもお嬢様に申しあげたいことがあるのです」
私が頭を混乱させていると、侍女のイリヤがケーキ三個を食べ終えた状態で、こちらの方へと向きを変えた。
「お嬢様はきっと、誘拐された事で今後、様々な噂を貴族たちの間で囁かれる事になるとお考えになっていると思います。お嬢様は、確かに侯爵に殴られたかもしれませんが、女性としての瑕疵は何一つついていないと断言いたします。ですが、そうは考えない輩の声を想像して、自分は殿下にふさわしくないとおっしゃられたのではないですか?」
ええーーー〜っとどうだったかしらーーー〜、またこいつアリサに夢中になってんのかよって考えて、はらわた煮えくりかえっていたのは間違いのない事なのだけれど。
「殿下はそのお言葉を聞かれて、お嬢様が無体を受けたのではないかと想像なさったようなのです。女性としての尊厳を失われてしまったのではないかと」
え?なんでそんな事になっちゃっているわけ?
「ご自分の差配が遅れた所為で、イスヤラ様が悲しい目に遭ったのだと考えて、殿下は打ちひしがれているのです」
ミッコは悲しげな瞳で私を見つめる。
え?でも、確かに、打ちひしがれたって感じで、全く目線が合わないのは確かな事よ。
「暴力を受けたイスヤラ様に、男である自分が声をかけたら余計に恐怖を与えるのではないかと考えて、イスヤラ様に近づくこともできません。あれほどまめまめしくお花やお菓子をお贈りしていたというのに、自分にはイスヤラ様に贈る資格もないなどと言いまして」
どうしてそんな話になっちゃっているのよーーー~!
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