第18話

「殿下、港湾都市トゥルクに広がっている麻薬の中に、例の丸薬と同じものがあったとの報告が来ております。この麻薬密売に蛮族カピアが関わっているという証言も取れました。グスタフ様はカピアとの交渉のためにハルカラ山へと向かったそうですが、この事についてはご存知なのでしょうか?」


 僕が廊下を歩いていると、トゥルクから王都に戻らず、わざわざヴィルカラ領の僕の所まで報告に来てくれた部下が声をかけてくれたんだけど、正直に言ってもう、どうでもいいよそんなこと。


「そんなこと・・もうどうでもいいよ」


 チャランポランの甘やかされた王子だと言われていた僕が、テンペリアウキオでの戦いでは、軍の殿を勤めるほどの活躍をしながら勝利に導いたわけだから、周りの目という目が、ガラリと変わったのは言うまでもない。神童とか、英雄とか、奇跡の軍師とか、あらゆる言葉で僕の事を讃えるようになったわけだ。

 みんなの期待に応えるように、自分の運命に逆らうために、僕は今まで頑張ってきたわけだけど、そんな事、心底どうでも良いよ。


「私はもう傷ものですし」


 イスヤラはなんだか色々と言っていたように思うけれど、彼女のこの言葉が僕の頭から足先まで真っ二つに引き裂くほどの衝撃を与えたのは言うまでもない。


 ふらふらと僕は屋敷の外へ出ていくと、良く分からない大木の根元へしこたま嘔吐した。

謝っても、謝っても、許されるわけがない。

僕の差配ミスで彼女は三日もの間、誘拐犯たちと行動を共にする事になってしまったのだし、誘拐された事で傷ものとなったと言うのだから、きっと、彼女は、男たちから乱暴な行為を受けてしまったのだろう。


侯爵としても、彼女が傷物となって王家に嫁ぐ価値も無くなったと判断して、顔を殴りつけるような暴挙に出たのかも。


 僕が過去の記憶にしがみつき、間違った判断、間違った行動に出たが為に、彼女に取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったのか。


「ああ・・なんてことだ・・・」

 王家は自らの伴侶へ純潔を求める。万が一にも別の子種を王家の血筋に持ち込まれない為に、結婚前には純潔かどうかの検査すら行われる。その事を知っているからこそ、純潔を失ったイスヤラは、僕の大嫌いなアリサ・ハロネンの名前まで持ち出してきて、他の女を選ぶべきだと訴えたのだろうか。


彼女の滑らかな肌を、醜い男の手が蹂躙したなどと考えるだけで、怒りでどうにかなってしまいそうだ。他の誰にも指一本すら触れさせたくない、正直に言って気が狂いそうだ。

だから相応しくないって?

そんなこと、誰が決めるって言うんだよ。


「殿下、殿下、大丈夫ですか?ご気分が悪いようなら医者を呼びますが?」

後ろからついてきた側近のラウリが、僕の背を撫でながら、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。


「なあラウリ、イスヤラには影をつけていたし、移動移動で男たちが手を出す余裕はなかっただろうと言っていたよなあ?」

「ええ、ええまあ」

「でも、もしかして、万が一にも、なんて事もあるわけだよね?」

「ど、どうしてそんな事をおっしゃるんですか?」

「イスヤラが、僕は他の女性を選んだ方がいいって言い出したんだよ。僕の大嫌いな女まで引き合いに出して勧めてきてさ!自分が傷ものだと言い出したんだ!まさか、淑女としてとんでもない事になったものだからそんな事を言い出したとか?」

「あ・・ああーー〜」

困り果てた様子のラウリは形の良い眉をハの字にさせた。

「そ・・そんな事はないと思うんですけどー〜」

思うんですけど〜ってなんだ!思うんですけど〜って!



       ◇◇◇


 安全を確保しながら敵のアジトまで辿り着く事に成功した俺、ミッコ・オールベルグはアルヴァ王子の侍従であり護衛でもある。影の統括も行っているので、裏と表、双方でそれなりに動かなければならない。

 はっきり言ってめちゃくちゃ忙しい。


 我がヴァルカウス王国は、東の広大な平原地帯にスカルスガルド帝国、北のハルティア山脈地帯に十二の部族からなるテンペリアウキオ首長国、西に位置するきりだった崖や狭湾に囲まれたアテネウム侯国に囲まれている。


 皇帝の妹が我が国の公爵家に嫁いできたこともあって、帝国との関係は安定したものとなっているものの、北のテンペリアウキオとは3年前に戦があったし、大きな港湾を持たない西のアテネウムは、なだらかな海岸線が続く我が国の領土を自国のものにせんと狙っている。

    

 卑劣なアテネウムは、領土侵攻の前段階として、我が国に麻薬を送り込もうとしていると予言が下されたわけだが、まさか、すでに我が国の派閥のトップとも言える地位にある侯爵家が敵の毒牙にかかっていたとは思わなかった。

 実際に、多くの麻薬がヴィルカラ領にまで流れ込んでおり、侯爵自身もその麻薬の中毒者となっている。


 黒龍騎士団長のグスタフ・アンドレセンが、

「それで・・これが国家の有事という事になるのだろうか?」

と、問うていたけれど、これは確実に国家の有事に相当する。殿下が勝手に『王太子権限』を使って黒龍騎士団を動かしたけれど、王宮内で殿下に非難の声をあげる者など誰一人としていないだろう。


 隣国アテネウムの魔の手が高位貴族にまで伸びていた。しかもこのアテネウムと、光の神を信奉するレイヴィスカ教の教会組織が手を組んでいるかもしれない事態に、王都は半ばパニック状態となっているのではないだろうか。


 敵の陰謀を明るみにする事になったこの誘拐事件は、今のところ犯人を拘束したところで決着をつける事となったものの、その裏にある闇が大きすぎて怖い。


 そんな緊急事態だというのに、

「ミッコ、どうしたらいいと思う?殿下はイスヤラ様が男たちに襲われたんじゃないかって考えているみたいなんだよ。お前の手の者はきちんと令嬢の身が安全である事を確認していたんだよな?まさか、馬車で移動の最中、不埒な行動をされたとか?お前なら影を統括しているんだから真実を知っているって事だよなあ?」

と、情けない顔で殿下の側近であるラウリが問いかけてきた。


 そう、国家の有事だというのに、事件の処理のためにヴィルカラ領に集まった大人たちは、殿下とその婚約者の甘い恋愛模様の行方について、ハラハラドキドキしているような状態なのだ。意味がわからない。


「あんなに仲が良かったお二人なのに、今では満足に会話すら出来ない状態だろ?殿下はもしもイスヤラ様が淑女として・・・その・・・とんでもない状況となっていたら、男である自分が近づいて恐怖心を抱かないかとか、もしも自分がもっと早くに動けていたら、こんな事にはならなかったっていう罪悪感とか、そんなこんなで、もはや使い物にならないし、イスヤラ様はイスヤラ様で、殿下と目も合わせようとしないだろう?もう俺、どうしたら良いのかわかんないよ」


側近のラウリはやる気をなくして使い物にならなくなった殿下の代わりに寝る間も惜しんで働いているので、目の下の隈が真っ黒になっている。

 二人の予言の力に疑念を抱いていた俺は、殿下が高熱を発する公爵令嬢の付き添いをしている際には、窓の外から見守り続けていたので、二人がどうして仲違いしたのかという理由については理解している。


「二人は完全にすれ違っているだけなんだけどな」


 令嬢は男たちからは乱暴を受けていない。

 張り付いていた影の者は武力には長けていないが優秀な男で、敵の中に潜り込み、馬車での移動の最中には御者として乗り込んでいた為、移動中に何かあったかどうかについては自信を持って証言することが出来る。


 また、公爵令嬢と共に誘拐された侍女もしっかりした者で、領主館に移動するまでに間は、ピッタリと令嬢にくっついて離れはしなかった。

 侯爵を一網打尽にする手筈も出来ており、慢心していたといえば確かにそうかもしれない。まさか、高位貴族身分の男が年も若い殿下の婚約者を殴りつけるような事になるとは思わなかった、そこのところは完全に我々の手落ちと言えるだろう。


「しかし・・今、この有事の時に、恋愛沙汰で仕事が捗らないって・・・」

 それもまた、こちらの手筈がうまくいかなかった故とも言えるのだから、

「ラウリ、そこの所は俺に任せてくれないか?」

俺にとって、お子様の恋愛なんか本当にどうでも良いのだけれど、側近として殿下のアシストはしてやらないとまずんだろうなぁ。

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