第17話

 護身のために持っていた麻酔針は残り一本。侍女のイリヤは何処にいるかも分からないし、ここから二人の男に連れ去られたら、2度と家に帰る事は出来ないでしょう。

 ヴィルカラ侯爵の執務室で、私は膝を付き、息もまともに吸えずにパニック状態となっていた。


 ここで殺されたら、またループする事になるのか。

 次のループで、殿下が何も思い出さなかったら?

 また、隣にアリサ・ハロネンを侍らせながら、私に見向きもしなかったら?

 そうして、また、冤罪でギロチン刑に処される事になってしまったら?


 心の奥底から湧き上がる恐怖で震えて動けなくなった時に、疾風のように飛び込んできたのがアルヴァ殿下。

 竜巻のような勢いで二人の男を排除すると、私を抱きしめながら、殿下はごめん、ごめんと言って泣き出した。


 もし彼が居なくなってしまえば、また同じ事の繰り返しへと戻ってしまう。その恐怖は殿下も感じていたようで、私たちは思わず抱きしめ合いながら、子供みたいに大泣きをしていた。


 助けに来てくれた殿下を見て、ようやっと信じられると思ったのに、起き抜けに言われた言葉が、

「君が誘拐された時に、アリサが誘拐された時のことが思い浮かんだんだ」

だものね。


 あぶなーーーー〜い!


 アリサ、アリサ、アリサ、アリサ、アリサ、アリサ、過去の殿下が口にするのは彼女の名前ばかりだったもの。私が誘拐された事で、行方不明のアリサも誘拐されているんじゃないかと察したのから?猟師小屋まで直接出向いてみたってこと?

 やっぱり今回も婚約者放置しちゃいましたって事で・・・ごめんって事なのかしら?


 そもそも、高位貴族、特に王家は、伴侶となる女性の純潔を重視するところがあるし、誘拐された私は、ヴィルカラ侯爵の元まで運ばれてくるのに三日も要したし、その間に、暴漢の手によって純潔を散らされたと勘繰る人間は山ほど出てくる事になるでしょう。


 呆然としている殿下を見つめながら、私は申し出ることにした。

「殿下、やっぱりこれを機会に私たちの婚約は破棄または解消とした方がいいんじゃないでしょうか?」


 殿下の心がアリサにあるのなら、やっぱり討伐じゃなくて、別の道を模索した方がいいんじゃないだろうか?


「今回ははっきりさせておきたいんですけど、殿下がアリサのことを、もしくは別の誰かの事を求めていらっしゃるのなら、私は喜んで身を引きますよー」


 殿下から離れるという事を考えると、何とも表現のつかない胸の痛みが広がっていくけど、仕方がない事よ。いつものこと、いつものこと、殿下が私と〜なんて未来はないんだから!そこははっきりしておかないと!


「私はループを抜けられるのならそれでいいんです、私はギロチンで殺されなければそれでいいんです。別に私、今までただの一度だって、王太子妃になりたいとか、王妃になりたいとか思ったことなどないのですから!」


 1度目の人生では、私が多くを学んで殿下のことをお支えしていかなければ〜なんて殊勝な事も考えていたけれど、2度目、3度目と繰り返すうちに、そんな感情は泡のように消えてなくなったのも事実よ。


「私はもう傷ものですし」


 喉にプスッと剣先刺さって血も出ているしねー、今も包帯でぐるぐる巻き出し、侯爵に殴られたほっぺたも腫れたままだろうし、王子妃失格!王太子妃失格ですって!


「別の方を伴侶として(多分それはアリサ・ハロネンなんでしょうけれども)殿下はどうぞお幸せに!私は、帝国に行くと死ぬという事になるのなら、領地の修道院に行くのもありなんじゃないでしょうかね?」


 修道女になっていれば、まさかギロチンを食うことにもならないでしょう。どうせ喉をプスッと刺されて傷ものになっちゃったし、どこかの貴族の嫁っていうのも無理そうだし、修道女になるのは良いアイデアよね!


 私はその時、殿下の顔なんか見ていなかったと思う。


 やっぱり殿下は心の中でアリサ・ハロネンの事を思っている。

 私が誘拐されているのに、アリサの事が思い浮かんで、彼女に会うために即座に行動したって事でしょう?すごくない?その間に私はどんどんと王都から離れて行って、やっぱり私の扱いなんて何処まで行ってもこんなものって事なのでしょうね。

「あら?」

 いつの間にか殿下は部屋の外に出て行ってしまったみたい。

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