第16話

 僕はギロチンでしか死なない。

 これは、過去6度も繰り返してきた僕が自信を持って答えられる事実だ。

 テンペリアウキオとの戦でも、被害を最小限に、最短での成果を求めてかなり無茶なことをした自覚はあるけれど、ちょっとした傷を負うことはあっても死ぬことはない。

 ということは、目の前にギロチンを用意されない限りにおいては、僕は自身の命の心配をする必要がないという事になるけれど、同じループを繰り返しているイスヤラはギロチン以外の理由で死ぬ場合もあるわけだ。


「イスヤラ・・ごめん・・ごめん・・本当にごめん」


 清潔な寝衣に着替えさせられたイスヤラは、用意した客間で治療を受ける事になった。誘拐による精神的負担も大きかったイスヤラは、その後、高熱を発して寝込んでしまったため、僕はハルカラ山行きをやめて、蛮族と称されるカピア族に対してグスタフを特使として送ることにしたのだった。


 ヴィルカラ侯爵およびその家族は、愛人も含めてすでに王都に移送を済ませており、領主館は僕の方で接収することにした。

 本邸、別邸に隠された書類関係を調べたところ、ヴィルカラ侯爵は特殊な麻薬を餌に、隣国アテネウム侯国へ我が国の情報を提供していることが分かった。

 この麻薬というものを実際手にしてみたのだが、黒々とした何かを練り込んだように見える丸薬で、アレン花を精製した麻薬の五倍から十倍の効果があるらしい。中毒性は高いし、多用すればあっという間に廃人となる代物。


 この特殊な麻薬は、王弟であるミカエル叔父さんに送りつけている。研究一筋の叔父なら色々なことがわかるだろうと当たりをつけたわけだ。


 僕はヴィルカラからすぐに王都へと帰るよう、父上から命じられる事となったのだけれど、僕はあっさりとその命令を拒否する事にした。

 ここからでも出来ることは山ほどあるし、とにかくイスヤラと離れていたくないと思ったから。

 もしもまた、目を話した隙にイスヤラが誘拐されてしまったら?

 万が一、殺される事態となったら?

 僕はとても正気ではいられないだろう。


「守ってあげられなくてごめん・・本当にごめん・・・」


 僕が手を握りながら謝罪の言葉を繰り返していると、高熱でうなされ続けていたイスヤラがようやっと目を開けたのだった。

「イスヤラ?イスヤラ?大丈夫?」

「殿下?なんで殿下がここに?」

 ぼんやりとした様子のイスヤラを少しだけ起こしながら、

「水を飲めるかな?だいぶ汗をかいているから水分はとれるだけとった方がいいってお医者様も言っていたんだよ」

コップの水を渡すと、イスヤラはゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲み干した。


「ふーー〜」


 大きなため息を吐き出すと、なんで殿下がここに居るの?みたいな表情でイスヤラは僕の顔を見上げた。

「殿下・・いくら婚約者とはいえ、寝ている淑女と二人きりというのはお立場的にどうなんでしょうか?」

「はい?二人きり?ドアは開けっ放しだし、外には侍女だっているし」

「私の寝顔を見ていたんですか?」

イスヤラは乙女らしく顔を真っ赤にさせて俯くと、

「屈辱以外のなにものでもありませんわ」

と、乙女らしくない言葉を吐き出した。


「それで・・・殿下・・ここは何処なのでしょうか?」

「ヴィルカラの領主館だよ。イスヤラはあの後、熱を出して三日も寝込んでいたんだ」

「まあ!三日も!」

「イスヤラの体調が戻ったら、僕と一緒に王都へ戻る事になっている。本当は公爵や夫人もこちらの方へ来たかったんだけど、色々と問題があってね」


 公爵家の護衛騎士の中に敵の内通者がいて、その手引きによって、イスヤラはあっさりと誘拐される事になったのだ。

 教会派の人間が公爵家に潜り込んでいたという事になるのだが、他にも潜り込んでいる者は居ないか徹底的に調べた後でないと、全く安心出来ない。

 イスヤラの母は皇帝の妹なので、再び何かが起こってしまえば、大国を巻き込んでの騒動になってしまうのだ。


「僕がもっと早く、君を公爵家から王宮に移動させておけば良かったんだ。そうすれば、黒龍騎兵団を君の護衛につける事も出来たのに・・」

「黒龍騎兵団をですか?」

 淑女の間では悪魔の集団とも言われる騎兵団の名前が出てきたため、イスヤラは驚きを隠せない様子で目を見開いた。

「うちの国で一番強いと言えばやっぱり黒龍騎兵団しかいないだろう?」

本当に、王太子権限まで使って、ここまで黒龍騎兵団を引っ張って来て良かったと思うよ。


僕は思わず苦渋の言葉を吐き出した。。


「君が誘拐された時に、アリサが誘拐された時のことが思い浮かんだんだ。だから、咄嗟に飛び出して彼女が囚われていた猟師小屋へ向かったんだけど、その所為で君を追うのが遅くなってしまったんだ・・・本当にごめん、ごめん」


 過去に起こった事だったから、また同じような事が起きているのだろうと思い込んだ。即座に対応できると考えた僕はバカだった。今すぐ動けば助け出せる、そう信じて王宮を飛び出したのに、猟師小屋にいたのは誘拐された小さな子供だけ。そこに君はいなかった。


 教会は布教と施しを与えるために貧民街を訪れるのだが、そこで目をつけた子供を誘拐させて売りに出す。信仰の影で人身売買に手を出している証拠を手に入れた事になるんだけど、今のところ、教会側はのらりくらりと言い訳を続けているような状態だ。


「へええ、アリサ様を思い出されたんですか!」


 イスヤラは酷く冷めた調子で言い出すと、

「まあ、誘拐された私は傷がついたって事になりますし、殿下にはふさわしいとは思えませんものね。殿下との婚約は解消という事になるでしょうし、別に誰のことを思い出されたところで、私には何の関係もないのですから」

と、言い出したのだった。


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