第14話
私、グスタフ・アンドレセンが陛下より黒龍騎兵団の団長として任命されてから2年後のことだった。
陛下が黒龍騎兵団の駐屯地にアルヴァ殿下を連れて現れたのは、まだ殿下が六歳か七歳くらいの時の事。陛下は私に剣の指南役を命じようとしたようだが、私のこの鬼のように厳つい顔面を見た殿下は大号泣。結局、殿下は優男で女性からも人気が高い近衛騎兵団長から剣の指南を受ける事になったのだった。
近衛兵団はヴァルカウス王国の花と言われる部署であり、命をかけて国の宝である王族を守るという事にはなっているものの、所属する兵士は見目ばかりを重視した、貴族出身者で取り揃えられるのが伝統となっている。
それだけに、実戦に重きを置くようになってはいないし、技量も他の兵団と比べても数段劣るのは言うまでもない。
こうして由緒正しい侯爵家出身の近衛騎兵団長から貴族らしい真っ直ぐな剣を殿下は教わる事となったのだが、そんな殿下が、隣国テンペリアウスキとの戦いに自ら志願して出兵すると言い出した時には頭が痛くなる思いをしたものだった。
アルヴァ殿下は当時十二歳、英雄に憧れて戦に自ら参加したいとでも言い出したのだろうが、敵国との戦の最中に子供のお守りなどしている余裕などあるわけがない。
ただお飾りとして従軍させれば良いのだろうと考えて、憤りと怒りは、胸の奥底に沈めていくより仕方がない。
作戦本部に殿下をお連れした際にも、ただ見学させれば良いだろうとだけ考えていたのだが、
「ヴァルカウス王国第一王子アルヴァ・ヴァルカウスとして陛下より賜った『王太子権限』を利用して、今より軍部の全指揮権を僕が統括する事とする」
殿下は王より授けられた、王家の紋章が施された豪奢な短剣を見せながら、我々を睥睨するようにして言い出したのだった。
子供のお遊びにどれだけの兵士が命を落とす事になると言うのか!
若干十二歳の殿下がどれだけ非現実的なことを言い出したとしても、それを陛下がお許しになったのであれば、我々は従うより他にやりようもない。
我が国の北方に位置するテンペリアウキオは鉱山を多く所有する首長連合国家となるのだが、山岳地帯がほとんどという国土ゆえに、穀物の自給率はかなり低い。盆地や平地が少ないながらも苦労して作物を育ててはいるのだが、ここ数年は厳しい冷夏によって大きなダメージを受けている。
通常、隣国アテネウム侯国が安い小麦をテンペリアウキオへ、ほぼ独占するような形で売りに出しているのだが、冷夏でダメージを受けたテンペリアウキオの足元を見たアテネウムは、小麦の価格を5倍の値段で設定し、買えずに飢えて死ぬくらいだったら、巨大な穀倉地帯を持つ我がヴァルカウス王国を侵略して国土を切り取れば良いだろうと宣ったらしい。
その言葉を真に受けたテンペリアウキオは、我が国との国境を越えて進軍をしてきた。これを迎え撃つ作戦を、若干十二歳の何の経験もない殿下が練り上げるという。
「グスタフ騎士団長、ここに集まった兵団の中で一番弱い部隊を集結させて、周囲にある岩を集めるように命じてくれる?」
広げられた北部国境の地図を眺めていた殿下は、地図の上に小さな石を一つ置いた。
「北方の山岳地帯に住み暮らす人々は馬を良く扱うから、大きな歩兵部隊を動かす前に、陽動として騎兵部隊を動かすはずなんだ。敵が今はヨトゥンヘイム平原に集結しているとするのなら、こちらの裏をかくつもりで、迂回しながらこの峡谷沿いのルートを馬で進軍してくると思う」
殿下の作戦は、馬が2頭通れる程度の細い渓谷の道を進んでくる騎馬部隊を、崖の上から待ち伏せして、敵が半分ほど通過した所で落石を落とし、敵を分断する。そこで待ち構えていた歩兵部隊が囲い込み、最後に黒龍騎兵隊が殲滅する。分断された後続の部隊へは、弓矢を射って攻撃する。自国へ逃げ出す分には構わないと殿下はおっしゃった。
そもそも、殿下が示す峡谷沿いの道を敵国が利用するかどうかがわからない。だからといって、王家からの命令には従わざるを得ないため、殿下の言う通りに準備する。
これが空振りに終わったら、殿下には王都に帰ってもらおうと考えていたのだが、予想とは反して、敵国は精鋭の騎馬部隊を渓谷沿いに侵入させた。
我が国軍を背後から襲いかかるのには、確かにこの渓谷沿いの道を利用した方が得策だろう。
落石を落としてあっけなく敵軍を敗退させた殿下は、硬い黒パンと干し肉に齧り付きながら、
「決着は早く付けちゃわないと向こうの国力が落っこちる事になっちゃうから、今度は僕自身が出ることにするからね」
と、言い出したのだった。
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