第13話
俺の名前はミッコ・オールベルグ。現在、アルヴァ殿下の侍従であり護衛の任務にも就いている。
王家の影を司るオールベルグ伯爵家は、表向きには毒にも薬にもならない下級の伯爵家であり、代々軍人を排出するだけあって、王族の護衛の任務に当たることも多い。
王家の護衛を務めながら諜報活動にも特化しており、あらゆる場所に間諜を忍び込ませている一族として裏では誉も高いと言われている。
そんな一族を率いる俺は、陛下から直々に侍従と護衛を命じられる事となったのだが、
「殿下!令嬢の怪我の治療をしないとなりませんから!」
誘拐から解放されて、大泣きしながら抱き合う二人を前にして、生温かい目で見守るのにも限度がある。
「お嬢様・・お嬢様!ご無事だったのですね!」
地下に監禁されていた専属侍女が連れて来られると、流石に殿下も公爵令嬢を自分の腕の中から解放する気になったらしい。
「イリヤ!イリヤも無事だったのね!」
「お嬢様!こんなに殴られて!喉の傷の手当てをしないとなりません!」
令嬢と一緒に誘拐されて憔悴しきっているはずの専属侍女は、それでも豪胆に背をピンと伸ばすと、令嬢の治療と着替えをさせるために、自ら指示を出し始めたのだった。
ヴィルカラの領主館の護衛をしていた者たちは、黒龍騎兵団の姿を見るなり逃げ出してしまっていた。
侯爵夫人やその子息たちは観念した様子で騎士団を迎え入れると、使用人たちは固唾を飲みながらこちらの指示を待っているような状態だった。
「ミッコ、令嬢の護衛はこちらの方に任せてもらおうか」
傷ついた公爵令嬢を移動させる際に、黒龍騎兵団長のグスタフ・アンドレセンが小さな声で問いかけてくる。
「それにしてもだな・・これが国家の有事という事になるのだろうか?」
黒龍騎士団のグスタフには、色々なことが不満があるらしい。
「ヴィルカラ領の謀反という事で、領主軍とのぶつかり合いでもあるのかと思いやって来たが、逃げ出すゴロツキどもを捕まえる以外にやることと言えば令嬢の護衛だとか・・・」
何せ一騎当千と言われる兵団だからな、血が沸り胸踊るような戦闘があるのだと考えていたのだろう。
「殿下!王太子権限を持ち出して動いた割には、こんなもんかって顔を騎兵
団長がされていますよ!」
公爵令嬢について行こうかどうしようか、そんな事を考えながら挙動不審となっているアルヴァ殿下を捕まえて、
「これが国家の有事なのかと騎兵団長が疑問にお思いになっているようですが?」
と、問いかけると、
「国家の有事に決まっているだろ!」
殿下は怒りの声を上げた。
王太子の婚約者が誘拐されるのは確かに一大事だけれども、王太子権限まで発令するほどの事だったのかって、俺だけでなく、騎兵団長だけでなく、他の連中もきっと思っているのに違いない。そもそも、この程度の敵の数であれば、王国の影と第一騎士団のみで対応出来たことだと思うのだが。
「なんでお前らわからないのかなー〜ー」
付着した血糊を拭き清めて剣を鞘に戻した殿下は、つくづく呆れた様子で言い出した。
「ヴィルカラ侯爵ははっきり言って重度の麻薬患者だ」
失神したままの侯爵を足蹴にしながら殿下は苛立ちを露わにする。
「麻薬を我が国に持ち込んでいるのは隣国アテネウムなのは間違い無い。しかも今、この時点で、我が国の2大派閥のうちのトップとも言われる侯爵が敵の手に落ちていた。侯爵がどこの派閥の人間かわかっているだろ?」
「侯爵は教会派・・・」
「イスヤラの誘拐に関与した護衛も教会派の貴族だった、教会派を牛耳る侯爵が隣国と手を組んだとなれば、汚職まみれの教会組織は我が王家ではなく、アテネウム侯国と手を組んだという事になるだろう」
殿下は大きなため息を吐き出しながら、肩をすくめて見せる。
「ヴォルイーニ王国の国教は光の神を信奉するレイヴィスカ教としているし、多くの国民も信奉し、約3分の1の貴族がこの教会派に属している。この教会組織が隣国と手を組み、我が王家を破滅に追いやろうと考えているとしたらどうなる?」
国家を揺るがす騒動になる〜
「それは間違いなく、王太子権限を使う事態と言えますね」
側近のラウリが顔を青ざめさせながら答えると、殿下は形の良い眉と眉との間に深い皺を刻んだ。
「そもそも、侯爵の麻薬症状はアレン花によるものではない、もっと特別な麻薬を常習しているように見える」
15歳の殿下が何故、そこまで麻薬の中毒症状に詳しいのだろうか?
隠密裏に情報を集めている俺ですら、その特別な麻薬というものを知らんのだけれども。
「おそらく、ハルカラ山から出たアルカイド系のものじゃ無いのかな・・・」
なんですか?アルカイド系って?
「一時期流行ったけど、出てくるのはもっと後だろうに」
殿下は何を言っているのだろうか?
「そうか・・今の時期だったらもしかして・・・」
殿下はハッとした表情を浮かべると、心配そうにこちらを見つめるグスタフ騎兵団長の方を振り返って言い出した。
「グスタフ、精鋭百人を揃えて、今からハルカラ山に向かってくれ」
「は・・ハルカラ山ですか?」
ラウリが驚くのもわかる、ヴィルカラ領の北東に位置するハルカラ山は標高5千メートル級の山であり、この山麓には蛮族と恐れられているカピア族が住み暮らしているのだ。
血を撒き散らす悪魔とも言われる一族の元へ、何故、殿下は騎兵団長を向かわせるのか全くよくわからない。
「グスタフはカピア族と生きているうちに一戦交えたいとか言っていたでしょ?なるべく仲間にする感じで、一戦交えてもいいから話をつけて来てくれない?」
ちょっと買い物に行って来て、みたいな感じでとんでもない事を言い出したのだが、命じられた騎兵団長は嬉々とした様子で答える。
「承知いたしました!」
「もちろん御令嬢の万全の警護もお約束致します」
「部下には十分に言っておいてね」
「はい!」
「あの〜、なんで野蛮で有名な蛮族カピアを仲間にするのでしょうか〜?」
ラウリの質問に対して、
「だってイスヤラがそうした方が良いと言ったから!」
と答えながら、殿下はドヤ顔をして見せる。
令嬢はついさっきまで誘拐犯と一緒に居たというのに、何処で予言を殿下に伝えたと言うのだろうか?
そもそも令嬢の予言はゴシップのような内容が多いのに対して、殿下が言う予言は国を動かすようなものがほとんどだ。
「イスヤラが予言をしたから〜」なんて言うのはいつもの事だったが、やっぱり予言自体、殿下自身がされているのでは無いのか?
「イスヤラ様の予言だったら、きっとそのようにした方が良いのでしょうねえ」
と、ラウリが答えているが、奴の顔が若干引き攣っている。
そこはかとない不安が俺の胸の中に広がっていく。
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