第12話
王都を一望する事が出来るルピナスの丘は市民の憩いの場でもあり、馬車が行き来できるように道も最低限の整備はされている。そのため、2台の馬車がお互いにすれ違うことが出来る程度の道幅となっている。
道幅に余裕がある丘の上に馬車を止めていたイスヤラは、公爵邸に戻ろうと馬車に乗り込んだ。その時点で合図があったのだろう、こちらへと向かってきた小型の馬車が猛烈な勢いで進んでくると、体当たりをするような形で公爵家の馬車を横倒した。小型の馬車は倒れる事なく、飛び出してきた男たちはイスヤラと侍女のイリヤを倒れた馬車から引き摺り出すと、小型の馬車に乗せ込んで、そのまま走り去ってしまったのだ。
この馬車は森の中に捨てられており、イスヤラと侍女の姿はそのまま泡のように消えてしまった。
僕は、誘拐方法があまりにも前回と酷似していたため、誘拐の主犯は教会の祭司長、彼女が運ばれたのは、過去にアリサ・ハロネンが連れ込まれた猟師小屋だと勘違いをした。
「殿下!勝手に動かれては困ります!」
護衛のミッコにはしこたま怒られた。イスヤラには常に影の護衛をつけており、彼女は森の中の小屋ではなく、別の方向へ連れ去られているのは把握済みとなっていたからだ。
「全く!殿下の所為で無駄な時間を食ってしまったじゃないですか!」
ミッコが言うのはもっともだ。僕はイスヤラとアリサの誘拐は全く別物であると判断する事から始めなければならなかったのに、状況が酷似しているというだけで突っ走ってしまったのだから。
ミッコに食らったゲンコツの痛みに耐えながら、僕はいてもたってもいられない状況に陥った。
過去にイスヤラが誘拐された事などないのだから、僕は彼女が危険な目に遭わないようにと手配をしながらも、万が一を考えたことが今まで一度としてなかったのだ。
僕がどうやっても戦で死ぬことが出来ず、最後はギロチンを食らって死ぬのと同じように、彼女も僕が婚約を破棄するまでは、どうやっても死ぬ事などないだろうと考えていた。だけど、もし彼女が今、誘拐された先で殺される事となったら?
『予言の聖女』と呼ばれる彼女に、不都合な予言をされたくない人間が彼女を排除しようと考えたのかもしれないし、どういう名称であれ聖女を手に入れたい教会が動いたのかもしれない。それだけではなくて、僕の婚約者の地位を望んだ誰かが、イスヤラを排除しようと動いた可能性だって否定できないのだ。
もしも彼女がここで死んだら、僕はまた一人、この世界に取り残される事になる。
滅びゆく王国を救うことなど出来ずに、再び断頭台へ引き摺り出される未来をただ待ち続けるだけの日々。そうしてギロチンを食らったとして、次もまた、イスヤラが首を切られた後に記憶を取り戻す事になったら?また不毛なループを続ける事になったら?
「殿下、公爵令嬢を誘拐したのは、どうやらヴィルカラ侯爵の手の者だったようです!」
僕の後を追いかけてきた側近のラウリが、猟師小屋に顔を突っ込むなり叫んだので、持っていた護身用の剣を床板に深く突き刺した。
「黒龍騎兵団を用意しろ」
「は?黒龍騎兵団ですか?」
我が国最強と言われる兵団の一つで、団員は全員一騎当千と言われるほどの技量を持つ。この前のテンペリアウキオ戦でも活躍した、我が国の虎の子といえる部隊だ。
「陛下の御許可が必要かと・・」
「問題ない、殿下の言う通りにしろ」
情けない声を出すラウリにミッコが厳しい声で命じる。
「殿下は王太子権限をお使いになるおつもりだ」
そう、王太子権限、先の戦に参加する際に、父上が僕に与えた権限の一つ。
国の運命を左右すると判断した場合に限り、王太子は最高指導者の権限を使って軍を動かすことが可能となる。
国境に位置するヴィルカラ侯爵領では、国境を守備するための領主軍をそれなりに揃えてはいるが、王家直属部隊である黒龍騎兵団の旗印を目の前にして、動きだす兵団はただの一つも存在しないだろう。
ヴィルカラ侯爵が普段は利用しない、妻と息子たちが住み暮らす領主館にイスヤラと侍女が連れ込まれたと報告を受けた僕は、騎兵団と共に領主館を急襲、侯爵の執務室で倒れるイスヤラと、それを取り囲む男二人の姿を見た時には、頭の中が真っ赤になるほど逆上した。
制止を促す声も無視して部屋へと飛び込んだ僕は、イスヤラを掴もうとする男の胸元を蹴り付けながら剣を走らせた。
首元から溢れ出る真っ赤な血がイスヤラにつかないように、そう配慮しながら一人を絶命させると、体を回転させ、もう一人の顔面へ裏拳を叩き入れながらひっくり返るようにして倒れ込ませると、彼女の体に血飛沫が届かないように、配慮しながら剣先を喉に突き込んでいく。
そうして倒れる彼女を抱え起すと、喉の傷口から溢れた数滴の血が、彼女のドレスの首元を濡らしているのが目に入る。
「イスヤラ・・イスヤラ死なないで」
僕は彼女の体を抱きしめながら、必死に声をかける。
「お願いだから死なないで、イスヤラ、僕を置いて行かないでよ」
彼女の顔を自分の胸にぎゅうぎゅう押し付けながら、涙を流していると、
「く・・苦しいです・・いや・・苦しくない・・呼吸ができる・・・私・・死なないの?」
というイスヤラの声が聞こえてきた。
「イスヤラ!イスヤラ!大丈夫?迎えに来るのが遅くなってごめんね!僕が悪かったんだよ!本当に僕が悪かった!」
「な・・殿下・・泣いているんですか?」
僕の顔をようやっと見上げたイスヤラは、驚いたような顔で僕の顔を見上げるながら、それでも心底ホッとしたような顔で言い出した。
「私も殿下も死んでないんですよね、また一人でループしないで済むんですね」
「うん、うん、僕はここに居るよ」
僕らは二人で抱き合いながら、大泣きをしてしまった。
もう一人でループはしたくない。
今、二人で過去の記憶を持っているという状態を、絶対に手放したくないと僕らはそう願っていたのだった。
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