第11話

 私が持っている針は二本、この二本はウェスト部分の厚手の生地の中に仕込まれていたもの。一本は今使ってしまった為、使えるのは後一本しかない。


 誘拐されて三日、その三日は移動に費やされたのだけれど、その移動の最中に男たちが不埒な行動に出るようだったら使う予定だった。その針は、今、一本だけ消費した。

 私は絨毯の上で意識を失った侯爵を気遣うふりをしながら、

「麻薬の多用は心臓に負担をかけると聞いたことがあるから、興奮しすぎて胸がおかしくなってしまったのかしら」

そのように言うと、体の不調で倒れたようだと考えた男たちは、それでも剣を抜いたままの状態で私の方へと近づいてくる。


 侯爵の子飼いの部下という感じで、抜き身の刃がギラギラと輝いているように見える、背筋に冷たい汗が流れていった。


「意識を失ってはいるが、呼吸が乱れている感じじゃあないな」

「おい、それよりも今の予言、本物じゃなかったか?」

「ああ、俺には本物の予言に見えたな」


 男たちが私の方へ値踏みするような視線を送るのがとても嫌で、私は一歩、後ろへと下がった。


「こいつを俺たちが利用したらどうだろう?」

「金を儲ける予言をしてもらうとか?」

「私にはお金を儲ける予言なんか出来ませんよ?」

「いやいや、お嬢ちゃん、そんなこたあやってみなけりゃ分からないじゃないか」

 男は私の髪の毛を掴みながら自分の方へと引き寄せるよ、脅すつもりで引き寄せた切先が私の喉に当たって、とろりと血液がこぼれ落ちる。

「死にたくなけりゃ言うことを聞きな。なあに、今までと同じように大人しくついてくりゃあ何の問題もないんだから」


 こぼれ落ちる血液、滴る液体が首元を濡らす。


 雨のような石の礫、巻き上がる怒号、殺せ、殺せと叫ぶ民衆の声が反響する。断頭台に立ち上がった私は、木枠の中へ首を固定されるのだけれど、ささくれだった木の破片が喉に突き刺さり、驚くほどの痛みと血液がこぼれ落ちる恐怖に戦慄する。

 ああ、また死ぬ瞬間がやってきたのだと感覚で悟った私は、息が吸えなくなってしまった。


「はあっはあっはあっはあっ」

「ああ?なんだよ、侯爵に殴られても泣き言ひとつ言わなかったくせに、首にちょっと傷がついただけでパニック起こすか?」

「おいおい、気をつけろよ、これから俺たちの大切な商品になるんだから、今ここで傷をつけてどうするんだよ」


 息を吸っても吸っても楽にならない、男たちの声が段々と遠のいていく。


 どうやら侯爵の子飼の男たちは、私を連れて逃げようと画策しているらしい。

 男たちに連れて行かれたら、誰も足取りを追えなくなる。

 襲撃は明らかに計画的なもので、我が公爵家の護衛の中に敵を手引きする者がいたことは間違いない。連れて行かれるのが帝国ならまだいい、だけど、公爵家でも手が届かない異国に連れて行かれたら?

 その先でまた殺されたら?


「ギロチンでも4回死んでいるよ?だけど、ギロチン以外でも2回死んでいるんだよ」


 私が覚えていない2回の死、ここでまた、ギロチン以外の理由で死ぬことになったら?またループを繰り返すのかもしれないけど、今度のループでは殿下が記憶を取り戻していないかもしれない。

 そう考えただけで、恐ろしいほどの恐怖に包み込まれてしまう。

 また、私だけ、私だけが不毛な繰り返しをして、最後にはやってもいない罪をきせられてギロチンで首を切られることになるの?


「殿下・・殿下・・助けて・・・」


 涙がこぼれ落ちた、視界がどんどんと霞んでいく。呼吸ができなくて、膝を床について、倒れ込みそうになるのを何とか持ち堪えようとする。

 もう嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない。

 男たちが何か叫んでいるけれど、うまく聞き取ることが出来ない。

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