第10話

 目隠しをしながら2度ほど移動させられた最後のところで、侍女のイリヤが引き離されたという事に気がついた。

 目が閉ざされた状態で、毛足の長い絨毯の上を何処までも歩かされていく。

 どうやら二人の男に挟まれているようで、両側から腕を引っ張られるような形で移動していく為、何度も転びそうになってしまった。


 ようやく到着したのは何処かの屋敷の執務室のようで、目隠しを外された私は、大きな胡桃材のデスクに腰をかける壮年の男を見上げた。

 ヨーナス・ヴィルカラ侯爵、我が公爵家とはライバル関係となる教会派の人間だ。

 我が国は光の神を信奉するレイヴィスカ教を国教としているものの、最近では教会の権威主義、金銭至上主義、度重なる汚職と腐敗は目にあまるものがあり、対等な立場となる王家が不快感を露わにしている。

 教会の力を削ごうと考える王家と甘い汁を吸い続けたい教会派貴族との間の権力争いは絶える事がない。


「さあ!予言の聖女様!この後、貴女はどうなるのでしょうか?あなたの力で予言をしていただく事は可能でしょうか?」


口髭を撫でながら道化じみた調子でヴィルカラ侯爵が言うと、私の両腕を捉えていた二人の男たちは、私から離れて扉の前へと移動した。


部屋の彫琢品は高価なもので取り揃えられていて、決して趣味が悪いようには見えないのに、侯爵がつける赤紫色のクラヴァットといい、趣味の悪いシルクのシャツといい、感性を疑うような装いに身を包んだ侯爵は、道化じみた素振りで、私の前に顔を突き出す。


「どれが貴女の未来となるのでしょうかな〜?」


目をぎょろぎょろと動かしながら、痩せた公爵は真っ黒な口髭をむぐむぐと動かしながら侯爵が言い出した。

「1・アルヴァ殿下の伴侶としてふさわしくない身分となるために、ここで男たちに凌辱され、その後、娼館へと売り飛ばされる」

はい?

「2・蛮族カピアが治めるハルティア山脈へ売り飛ばされて、布教の道具にされる」

はあ?

「3・レイヴィスカの地下神殿に幽閉されて、我々のために予言をしていく事になる」

侯爵は私の目と鼻の先まで近づくと、公爵の口の中からは甘ったるい匂いが溢れだす。

「さて、どの予言を選択されるかな〜?」


 今日、占い(予言)をしたボッタス伯爵の領地内で新たに発見された鉱山の権利を奪い取り、伯爵家を没落に導こうとしていたのがこの男であり、正妻との間に出来た息子をアバズレ伯爵令嬢にあてがおうとしているのもこの男。


「私にはあなたが述べるような未来を見ることは出来ないわ」

「では、どのような未来が見えるのでしょうか?」


 この男のゴシップは、私が死を宣告される直前になると毎回発生する。破廉恥で淫らでどうしようもないものだったけれど。


「とりあえず私には、あなたの望みはわかるの。鞭と蝋燭、ピンヒールに棍棒といったところかしら」

「はあ?」

「正式な妻を持ち、妻との間には二人の息子に恵まれてはいるものの、一緒に暮らすのは年に一日か二日程度でしょう?あなたは常に派手な元娼婦と共に暮らしていて、あなたの妻はその寂しさを紛らわせるために、いかがわしい舞踏会へと参加する」


 ああ、なんでここには扇がないのかしら?

 意味ありげに広げて、口許を隠すことが出来たのに。


「あなたは元娼婦に暴力を奮われながら、歓喜で心を震わせているのでしょう?物心がついた頃から母親に暴力を振るわれ続けた影響だったかしら・・・思わず興奮すると、お母様!お母様!と叫ぶんでしたっけ?」


 公爵はギョッとした様子で思わず後ろに後ずさった。

 表向きは教会派と喧伝しながらも、西のアテネウム侯国の国教、快楽と喜びのアナンガ教をヴィルカラ侯爵は崇拝しているのだ。


「私には見える!アナンガの神を崇拝しながら、麻薬に侵されていくあなたの姿が!ああ!私には見える!あなたが昼も夜もアレン花を求めて彷徨う姿が!」

「やめろ・・やめろ!やめろ!」

「ああ!私には見える!あなたの領地でもあるセルカ村で栽培されるアレン花が摘発される姿が。ああ!見える!あなたが愛するアレンの花畑が燃やされる姿が!」

 セルカ村と聞いて、侯爵の顔は青から紫へと変色した。


 ヴィルカラ侯爵は違法とされるアレン花の栽培で断罪される事となり、彼の裁判に呼び出された娼婦が彼の性癖を赤裸々に告白して大問題となるのよね。

 私と同じくらいに捕まっていたから親近感が湧いていたのだけれど、まさかここでこの変態に捕まる事になるとは思わなかったわ。


「ああ!貴族たちに変態行為がバレたあなたの姿が見える!あなたは裁判所で!」

「私の何が見えるって言うんだ!」

 私の胸ぐらを乱暴に掴んだ侯爵は、興奮した様子で私の顔を殴りつけた。

「私の何が見えるって言うんだよ!」


 もう一度振り上げられた拳を見つめながら、隠し持ってた針を侯爵の首元に突き立てる。これは侍女のイリヤに持たされた隠し針で、その先端には強力な麻酔薬が塗り込められているのだった。

「私の何が・・私の何が・・・」

 力が抜けて、ぐらりと倒れ込む侯爵の体を支えながら床の上に横倒しにすると、

「まあ!侯爵様!毎日麻薬のやりすぎで気分が悪くなっちゃったのかしら!」

と言いながら、扉の前で剣を引き抜く二人の男の方を振り返った。


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