第7話
この国には聖女伝説がある。
癒しの力を持った聖女が遥か昔に、勇者や魔法使いと共に魔王を倒したのだそうで、その聖女の出身地がここヴァルカウス王国という事になる。
聖女の出身地という事から、癒しの光を持つ女性がたびたび我が国には生まれる。特に強い力を持つ女性は『聖女』と呼ばれ、教会の庇護を受けながら王国の安寧を祈ることになる。
今代の聖女は伯爵家の令嬢であるイザベラで、ハニーブラウンの髪を腰まで伸ばした、美しい顔立ちの娘となる。聖女と言っても力はそこまでではない為、本人の希望で神殿には入らず、伯爵家から毎日神殿へと通って祈りを捧げている。
伯爵位といっても下級であり、力もそれ程ではないという理由から僕の婚約者候補にすら上がっていないのだが、本人は聖女として王子の伴侶になるべく努力をしているらしい。
努力をするのは結構だが、王宮にまで突撃してくるのは如何なものだろうか。
「アルヴァ様、お疲れではありませんか?もしお望みならば癒しの力を使いますが?」
「アルヴァ様、神殿でクッキーを作って来たのです。聖なる水を使った物なので、きっとお体にも良いと思いますの」
「アルヴァ様、今度の祭事で是非ともアルヴァ様に協力頂きたく思いますの。神の儀式に王家の補助は付き物なのでございましょう?細かいところは私が直接お教えしますので、アルヴァ様は何も心配は要りませんわ」
アルヴァ様、アルヴァ様、アルヴァ様と本当にうるさい。
ループで戻ってきて3年が経過して、僕は十五歳となった。父は側妃を迎えていないので、弟となるエリエルは生まれていない。
聖女イザベラは現在八歳で、過去には第二王子エリエルの伴侶となっていた人物だ。だけど現在、はっきり言って、こまシャックれたガキにしか見えない。
「イザベラ!またお兄様の邪魔をしているのか?お兄様のお仕事の邪魔をするのはやめてくれないか!」
妹のスーリアが執務室にやってきて、邪魔をしていたイザベラの首根っこを捕まえて引きずるようにして外に連れていく。
スーリアは十歳、妹姫の遊び相手として聖女であるイザベラが選ばれたわけだが、どのループでも二人は友達というよりは姉と妹みたいな関係になっている。
ループ前の記憶を予言として利用したイスヤラが『予言の聖女』と言われるのは、この国に『癒しの聖女』がいるからだ。
教会としては予言の力があるイスヤラを取り込みたい気持ちが大きくなっているようだが、公爵と僕の方で断固反対をしている。
イスヤラの力(前世の記憶)は僕と公爵で、王家と公爵家に使えるものだけを選別するようにしているので、教会の私服を肥す為にだけ利用させるつもりは全くない。
「はーーーーっ、毎度毎度、嵐のように現れる聖女様ですねえ」
側近のラウリが呆れたような声をあげた。
過去、僕の側近は僕と同じくらいの年齢の高位の貴族令息たちで揃えられていたわけだけれど、今回に限っては早く記憶を取り戻すことが出来たので、幼い子供は排除して、大人の側近のみで周囲を揃えることにした。
ラウリは元々宰相補佐をしていた男、有能なのは知っていたので引き抜いた。
過去、6回もループしているので、有能な人間が何処に所属しているかは十分理解しているので、どんどん引き抜いていったわけだ。
そうしたら、自分に関わりのない人間ばかりを選ぶ僕に、周りは疑問を抱来始めたんだけど、
「イスヤラが予言をしたから」
と言っただけで、周囲はあっさりと納得した。
すでに6度も王位を継ぎ、6度も王がやるべき仕事はこなしているので、仕事自体は問題ないのだが、
「そろそろ港湾都市トゥルクにアテネウム侯国からの麻薬が入り込む時期だから、影を使って麻薬の密売組織の摘発に力を入れて貰いたい」
僕が言い出す内容が不穏すぎるので、ギョッとして周囲が固まる事が度々ある。
「いや、だからさ、西の隣国となるアテネウム侯国は大きな港湾がないから国境近くにあるトゥルクに目をつけているのは分かるでしょ?トゥルクの若者を使い物にならなくさせて、こちらの言う事を何でも聞くようにさせるには麻薬が適しているじゃない。高原地帯でのアレン花の栽培は有名な話だしね?」
アレン花とは麻薬の一つとされている植物で、幻覚、幻聴、快楽を増大させる作用があるのと同時に、中毒性がかなり高いとされている。ちなみに我が国での使用は認められていない。
「高原地帯でのアレン花栽培は噂で聞く程度のものかと思いましたが、まさか禁止されている薬物を我が国に密輸するなんて!そんな事があるのでしょうか?」
「イスヤラのお告げだから」
「わかりました!すぐに影を動かします」
イスヤラは『予言の聖女』と言われるのが嫌みたいで、『公爵令嬢なのに占い師』にシフトチェンジしようと四苦八苦しているのは知っているし、この前は、
「なんで『公爵令嬢なのに占い師』が浸透しないんだろう・・・」
と、物憂げな表情を浮かべてぼやいていたけれど、僕がイスヤラの予言を多用しているから『公爵令嬢なのに占い師』が浸透しないのは当たり前のことだ。
「ところで殿下、前々から気になっていたんですけど、どうしてテンペリアウキオの鉱山との独占契約を殿下はお決めになられたのでしょうか?」
「鉱山から取れる鉄が我が国には必要だからだよ」
側近の質問に僕は答えた。
王国には鉱山が少なく、輸入に頼っている部分が非常に大きい。
国内で一番大きな鉱山を所有するのがエーデルフェルト公爵となり、王家はこの鉱山を独占したいがために、公爵家の没落を押し進めるような事をする。
公爵家の没落が破滅を呼ぶきっかけになるという事を思いつきもせずに、帝国の脅威を恐れる事もせず、ただ、ただ、無償で手に入った鉱山に喜び踊る姿は滑稽以外の何ものでもない。
「確かに我が国にも鉱山はあるが、予言の聖女はテンペリアウキオからの輸入も増やした方が良いと仰せになっている。鉄が必要って事は、近いうちに戦争があるのかもしれないね」
「戦争があるから鉄・・・」
実際問題、国土が急速に疲弊して、周辺諸国が一斉に牙をむく事になったのが5回だからね、今回はこの未来を絶対に回避したいと考えている。
「あと、こことここ、今年中に堤防の強化をやっておいて」
広げた地図の上に3箇所、大きな丸をつけていく。
「イスヤラがこの3箇所の堤防が決壊する夢を見たって」
「承知いたしました!すぐに手配いたします!」
イスヤラが言ったって言えばなんでも言うことを聞いてくれるし、本当にクソほど便利なんだけど、そんな風に頭から信じ込んでいてこいつら、本当に大丈夫なのだろうか。
「今回、東の列島諸国への麦の輸出で儲けた分を堤防の補強費用に当てることにしよう」
我が国は広大な穀倉地帯を持っているため、周辺諸国の不作、凶作と違ってここ数年は豊作が続いている。我が国がいつまで豊作が続くかという事も知っているし、周辺のどの国が不作で困るかわかっているので、困っている所へ色をつけて売りに出せば、恩も売れるし金も手に入る。二重に美味しい思いが出来るのだ。
「ああ・・これもイスヤラさまさまだな・・・ラウリ、またお菓子を彼女に送ってくれるかい?」
「わかりました!私の恋人おすすめのマカロンを今回はお送りいたしましょう」
26歳のラウリの恋人はラウリよりも年上で、若干太っているのだが、甘味に関しては他の追随を許さないほど詳しいのだ。彼女が選ぶものさえ持っていけば、何処に行っても大いに歓迎される事になる。
暇がないなりに時間を捻出してイスヤラに会いに行ってはいるものの、最近では週に一回会うのが限界で、お菓子や花を送る毎日が続いている。
「ああーーー〜、今度のお茶会いつだっけ?」
「五日後ですね」
「五日?本気でそれ言っているの?遅すぎない?別に明日でもいいんじゃないかな?色々と話し合いたい事だってあるし!」
過去の僕たちの関係はいたって淡白だったんだけど、今世の僕たちは今までとは違う。ギロチンに怯え続けるという共通の恐怖と悩みを持ち、このループを抜け出すために共同戦線を張る仲間。今まで一度も存在しなかった同じ境遇の相棒に対して、僕は完全に依存しているところがある。
「殿下は本当に婚約者殿のことが好きなんですね〜」
ラウリが呆れたような声を挙げていると、
「殿下!大変です殿下!」
ノックもせずにドアを開けたのは僕の護衛兼侍従のミッコで、彼は僕に与えられた影の統括も行っている。
「イスヤラ様が!イスヤラ様が攫われました!」
「はあ?」
「今日はボッタス伯爵に予言を与える日だったのですが、その帰り道に急襲を受けました!」
「何処で襲われたって?」
聞けば、王都から少し離れた場所にあるルピナスの丘で。乗っていた馬車を横転させられたそうだ。僕はラウリの制止も振り切って、護身用の剣を片手にそのまま窓から飛び出して行ったのだった。
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