第8話

 僕が今まで何度、窓から逃げ出した事があると思っているんだい?


 他国からの侵攻を受けて逃げ出したり!国内のクーデターから逃げ出したり!ギロチンを回避するために、側近も護衛も全てを置き去りにして逃げて逃げて逃げて、結局は捕まってギロチン行きだったけど、王宮内の逃走経路なんてものは頭じゃなくて体が覚えているようなものなんだよね。


 剣を片手に2階にある窓から飛び出した僕は、屋根を伝って走りに走り、王宮から一番近い厩舎まで猿のように屋根を飛び移っていくと、欅の木を伝って地面へと降り立ち、厩舎の馬を一頭、鞍も付けずに連れ出して跨った。


 敵が襲ってきている間は馬に鞍を付けている暇なんてないんだよ。


 余裕で裸馬に乗れるようになった僕は、そのままの勢いで王宮を飛び出して行ったわけだけど、

「殿下!お待ちください!殿下!」

影の長であるミッコも到底追いつけない勢いだったらしい。

 まあ、過去では、何度も追手に捕まりまくった僕だけどね。


 過去にルピナスの丘で襲われたのは、イスヤラが僕の恋人だと信じ切っているアリサ・ハロネンであり、あの時と同じように、丘の中腹には横転した馬車がそのままの状態で転がっていた。

 すでに警備兵が助けて来ているようで、怪我をした護衛騎士たちの保護や聴取を行っているようだったけど、そんなものは無視して通り過ぎていく。


 過去と同じ状況だとするのならば、誘拐を計画した犯人は教会だ。

 アリサ・ハロネンの特殊な力に気がついた教会が、移動中に誘拐をして、殺害したと見せかけて、教会でその身柄を確保して利用する。

 今回は『予言の聖女』としてイスヤラが狙われる事となったようだが、まさか、彼女が王都を一望出来るルピナスの丘まで来ることがある等とは思いもしない。


 ルピナスの丘から先は広大な森となっていて、誘拐犯が根城をこの森の中に持っていたり、裏取引に利用されたりと、王都の近くにある割には治安が悪い場所となる。


「殿下!お待ちください!殿下!殿下!」


 途中で枝を倒して通行出来ないように偽装された森の中を突き進み、小枝を撒き散らしながら走り続ける。途中、見つけた小川を遡上して、小川の辺りに建てられた猟師用の小屋の前で馬から飛び降りる。


 歪んだ木の扉を蹴り飛ばしながら小屋の中に飛び込むと、小さな子供を押さえ付けていた男たちが振り返った。

「なっ!」

 狭い小屋、床に転がる子供を押さえつけている男どもを早急に制圧するには、弧を描くように、目、鼻、口、首を目がけて剣を振るう。


「ぎゃあああああ!」


 急所と言われる部分を狙っていけば、相手は咄嗟に身動きが取れなくなる。狭い猟師小屋には隣にもう一部屋あって、そこの扉を蹴り上げて中に入ると、隅に固まっていた子供たちが悲鳴をあげた。


 二間しかない小屋には三人の男と年端もいかない子供ばかりで、十四歳になるイスヤラの姿は何処にも見当たらない。


「イスヤラ!何処だ!イスヤラ!」


 行ったり来たり、棚の中を覗き込んだり、扉をいくら開け閉めしたところで彼女の姿が見当たらない。

 血を撒き散らしながら転がる男たちと、明らかに子供たちは何処からか攫ってきた様子で衛生的には見えなかった。


「イスヤラ!イスヤラ!」

「殿下!」

 後ろから拳を振り落とされて、僕は思わず痛みに屈して床にしゃがみ込んだのだった。


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