第6話
私の婚約者となったアルヴァ殿下は、幼い時から決められた側近というのが何人かいて、婚約者と顔を合わせている時間があったら、側近たちと遊んでいたい。婚約者と顔を合わせている時間があったら、こっそり城下に遊びに行きたいという人だった。
直系ただ一人の王子という事もあって、幼いうちから帝王学を学び、剣を学び、軍の指揮を学んでいた殿下はスケジュールがいっぱいいっぱいの状態だった為、年齢も近い男同士で集まって息抜きをしたいと考える気持ちも良くわかる。
私は2度目のループから王子妃教育は完璧に終了しているような状態だった為、何も苦労せずに何でも出来てしまうような私の存在が鬱陶しかったという事もあるだろう。
婚約者とのお茶会も月に一回から二月に一回、そのうちに三月に一回がせいぜいの状態が続くようになり、城内で顔を合わせても無言で辞儀をする程度の仲でしかないのは周知の事実でもあった。
だから、ローズピンクの髪の毛を高く結い上げた屈託のない笑顔を浮かべるアリサ・ハロネンに殿下が夢中になったとしても、毎回、毎回、仕方がない事だと諦めていたし、どれだけアリサに馬鹿にされようと、黙ってその嘲りを受け入れ続けていたのだった。
「殿下から欠片ほども寵愛を受ける事のない氷の公爵令嬢」
「愛想笑いの一つもしないから、殿下もすでに見限っているのでしょう」
「正妃として迎え入れても所詮は仮面夫婦となるのでしょう、アリサ様やイザベラ様を側妃として迎え、寵愛し、公爵令嬢には表の仕事だけやらせるおつもりなのでしょう」
いやいや、形ばかりの正妃に迎え入れる事など一度もありませんでしたよ。いっつも、結婚の日取りを考える間もなくギロチンでしたからね。
どれだけ文句を言われようとも、私は建国以来王家を支えるエーデルフェルト公爵家の娘ですし、母はスカルスガルド帝国の皇帝の妹ですからね。結局は私の後ろ盾を捨てることなど出来ない殿下は私を娶り、正妃として迎えることになるだろうと考えていたのだけれど、派手な婚約破棄宣言が絶対に訪れる。
婚約破棄からの公爵家の没落を何度経験したことだろう。
今回も絶対にそういう事がないとは言い切れない状況だけに、何処かに逃げ道を作らなければならない。焦燥感だけが積もりに積もっていくのはどの生でも同じこと。
「エーデルフェルト公爵令嬢、いかがされましたか?」
目の前に座っていたボッタス伯爵は、ハンカチで額を拭いながら真っ青な顔で私の顔を見つめている。
ここは王都でも人気のカフェであり、テラス付きの個室が貴族の間でも人気となっている予約するのも難しいお店だ。テーブルの上には色とりどりの小さなケーキが並び、
「お嬢様、大丈夫ですか?」
給仕をしていた侍女のイリナが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ええ、大丈夫、大丈夫よ」
この世界にループで戻って来てから3年の月日が流れて、私は十四歳になっていた。
母親の失われたネックレスを取り戻すという予言をしてから私はたびたび、今後、公爵家に有用だと思われる貴族の当主に声をかけている。
「ボッタス伯爵。あなたの愛する令嬢は15歳のデビュッタントを迎える前に、すでに純潔を失っております。相手は護衛の騎士で、ええ、ええ、調べればわかります」
カフェの個室には侍女のイリナと護衛が一人待機していて、給仕はカフェの店員ではなくイリナに任せている。イリナが淹れてくれたハーブティーを口にすると、ホッとする。
「現在、問題の騎士はヴィルカラ侯爵家に仕えており、御令嬢がすでに純潔ではないという事を当主へ進言しています。ヴィルカラ侯爵家としては純潔だと信じた状態で娶り、純潔ではなかったという事を理由に離縁を申し出ます。そうして、伯爵家側の瑕疵を理由に高額な賠償金を請求し、伯爵との共同事業を自分たちの手中に収めることを考えているのです」
ヴィルカラ侯爵家は生前でいえば第二王子派の人間で、現在は陛下の弟である王弟殿下を自分の派閥の旗頭にしようと暗躍しているのだけれど、王弟殿下は研究一筋の人なので見向きもされていないような現状でもある。
ボッタス伯爵の領地では最近新しい鉱山が発見されたものの、資金繰りに悩んでいるため、侯爵家が事業に投資をしようという話をもちかけている。
事業を提携していくために、両家が婚姻を結ぶということは良くあることで、その婚姻を悪用された形で、ボッタス伯爵家は後に没落する事となる。
「で・・で・・ですが・・・相手は高位の貴族となりますし、私どもではどうすれば・・・」
双方の結婚話は急ピッチでおし進められているので、伯爵にはどうすることも出来ないと言いたいらしい。
しかし、ここでボッタス伯爵の所有する鉱山がヴィルカラ侯爵家に抑えられると、敵対派閥に力を付けさせる結果となるので、ここは、ゴリ押ししてでも侯爵から離さなければなりません。
「ああ・・私にはあなたが没落する姿が目に見える・・あなたは全てを失い、大事な妻と娘でさえ、家を失い、路頭に迷う事となる・・・」
ネックレス事件から『予言の聖女』と呼ばれる事にもなった私は『公爵令嬢だけど占い師』にシフトチェンジしようと努力を重ねているところです。
手の平に乗るサイズの水晶の球をコロコロさせながら、目を閉じて唱えれば、伯爵は顔を覆って泣き出しました。
「だけど・・今だって・・・資金繰りが・・・」
「その資金、エーデルフェルト公爵家で肩代わり致しましょう」
「は・・はい?」
「我が公爵家の領地にはこの国随一と言われる鉱山もあり、技師も豊富におりますから、ボッタス伯爵領へ資金だけでなく技術も惜しみなく与えましょう」
「え・・えええ!」
ボッタス伯爵が驚くのも仕方がありません、だって我が公爵家はボッタス伯爵とは敵対する派閥の長をしている事になりますからね。
「私の父は優秀な貴方が、ただ、侯爵の食い物にされ、没落するのは惜しいと考えているのです」
派閥を気にして没落するくらいなら、自らの派閥を飛び出すくらいの気概は正直持って欲しいと思います。
水晶コロコロをやめて目を見開くと、私は小さな声で囁くように言いました。
「侯爵家と縁を切る際には、侯爵夫人が仮面をつけたいかがわしいパーティーに頻繁に顔を出している事を告げれば良いでしょう。あなたの娘は同じパーティーに参加して、侯爵夫人の乱交はその目にしているはずですから、娘が見た事を、他の誰かに言ってもいいのかなあ・・・とかね」
4度も人生繰り返していると(本当は6度らしいけど)繰り返されるゴシップはそらで暗ずる事ができるほど覚えています。
「娘さんのことは仕方がないですわ。男性が居ないと寂しくて仕方がない人は、一度修道院にでも入って男断ちするしかないのです」
過去に、家で軟禁される事になったボッタス家の令嬢は、何度も何度も家出を繰り返して、最後には川に浮いていたからね。
「彼女の幸せを願うのなら、修道院です」
「そのように神が告げているのですね」
「いいえ、占いでそう出ているのですよ?」
「予言の聖女様・・・我が伯爵家への予言、ありがとうございます・・・この御恩は一生忘れません」
「だから、予言じゃないですって」
いくら予言を否定しても、最後には予言の聖女になっちゃうんだよなあ。
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