第5話

僕は知らなかったのだが、ワルデン侯爵夫人というのはかなりエキセントリックな女性だったようで、隣国の、しかも皇帝の末妹姫が嫁いでくる際には、故国から持ち込んだ母(当時の皇后)から譲られたネックレスを子飼いの侍女に盗ませて、自分のものにしていたという。

 皇家の秘宝とも言われる物だっただけに、無理を行って我が国の公爵家に嫁いできたイスヤラの母は表沙汰にする事も出来ず、泣き寝入りをするより仕方がない状態となっていたわけだ。

 二人の恋は本来許されるべきものではなかったものの、末姫に激甘の皇帝の差配によって二人は結婚し、我がヴァルカウス王国としても大いに祝福していたわけだけど、まさか裏でこのような事件が起こっていたなどとは知るよしもない。


 秘宝を盗んだ侍女の姉は今でも侯爵夫人の侍女をしていた為、まず、この侍女を捕まえて、後は実際に盗んだ侍女も、帝国の秘宝を所有する夫人も、捕まえるのは簡単な事だったらしい。

 帝国の秘宝が絡んだ事件は明るみとなり、侯爵家は責任を取って領地の半分を王家へ返還、降爵して子爵となり、領地を管理していた当主の弟が新しい当主となることが決定。また、盗んだ当時は結婚前だったという事もあって、侯爵夫人の生家は娘の管理不行き届きを理由に降爵、領地は没収される事となったのだった。


 侯爵夫人は判決後にはギロチン刑に処される事になるだろう。そんな事はやめてくれ、トラウマが蘇る。

「本当の本当に可哀想だからやめてくれ!」

という僕とイスヤラによる子供の嘆願なんか聞いてくれるわけもない。


 調度、北の隣国テンペリアウキオとの戦争中に行われていた裁判だったので、僕は戦勝の褒美として侯爵夫人の助命を願い出た。

 周りは褒美を授けると言われているのに、なんで助命なんかしているんだ?みたいな顔で僕を見たんだけど、

「ギロチン刑はなにも生み出しません。罪を犯した人に与える罰は必ずしも死を賜るものではなく、自身の反省と更生を促すものがあっても良いのではないでしょうか?」

と、僕は堂々と言い切った。


 チャランポラン王子が奇跡のような陣頭指揮で戦に勝ち、若干十二歳で戦後処理まで行って来たんだから、みんながみんな、

「刑罰についてまで考えるようになって、殿下は本当に成長されたのだな」

みたいな感じで瞳をウルウルさせながら納得してくれたのだった。


 なにしろ僕は6度、イスヤラは4度、ギロチン刑に処されているので、この国からギロチン刑を廃止したいと本気で思っている。だけど、まだ、成人すらしていない僕らにギロチンを廃止にする力はないので、そこのところは現在模索中といったところ。


 ちなみに、北の隣国テンペリアウキオとの戦を平定して、侯爵夫人を無事にギロチン刑から孤島への流刑に変更した事によって、ようやっとイスヤラは僕の顔をまともに見るようになった。

 流石に僕の所為で4度もギロチンされているだけに、疑いの目で見るのは続いているのだけれど、僕なりに前進したとも言えるだろう。


 イスヤラの母上も、侯爵夫人が処刑をまぬがれた事に対しては好意的に捉えてくれたので(イスヤラのギロチンへの拒否感とヒステリックが凄かったからというのもある)全ては結果オーライという事だろう。


 過去の僕は、ギロチン刑を免れるために、何度も、何度も、戦死を求めて過激な戦いを周辺諸国と繰り広げていたので、今回のテンペリアウキオとの戦いを平定するなど、余裕の一言に尽きる。過去、敵がどういった動きをしていたのか全部知っているというのも大きかった。


 公には侯爵夫人の助命嘆願が褒美となったわけだけど、僕は個人的な褒美の一つとして、父に側妃を持つのはやめるよう求める事にしたわけだ。

 何せ、父上が側妃を持つことで母上との関係が目に見えて悪化したし、二人の王子を擁立する派閥がそれぞれ出来上がり、周辺諸国との関係が微妙な中で、国家を二分するような騒ぎへと発展するのだからたまったものではない。

 しかも僕は、我が弟にギロチンを食らわされているのだからね。災いは芽吹く前に摘み取るに限りというものだ。


 ちゃらんぽらんでボンクラの王子に不安があった父も、子供にしては大きすぎる戦果に感心したようで、

「わかった、お前の言う通り側妃を娶るという話は断じて受け入れる事はしないと、臣下の者どもには強く言うようにいたそう」

父上はそう答えて、嬉しそうに微笑む母上の腕を優しく何度も撫でた。そうして、腹黒そうな笑みを浮かべながら言い出した。


「しかしそうするのならば、今からお前に私の仕事の一部を与えなければならぬな。本日より王太子であるお前に私の執務の一部を委譲しよう。何、テンペリアウキオで成果を上げてきたお前になら簡単な仕事となるであろうよ」

 こうして再び7度目の生を送るようになって一年、十三歳になった春の僕に大人顔負けの仕事が降ってくるようになったのだった。

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