第3話

 殿下が十二歳というと、私はひとつ年下の十一歳。

「なんだって!君はいつもこの婚約の前後に記憶を取り戻していたのか!」

 どうやら殿下は、私がギロチン刑を受けて首をズバッと切られた後に、今までの記憶を取り戻していたらしい。

 まあ、私の方は大体、殿下との婚約前後に記憶を取り戻すんだけどね。

「だったら何故!僕に相談してくれなかったんだ!」

 相談なんかするわけがない。

「だって殿下、私の話なんかを聞いてくれた事なんて一度もないじゃないですか?」

私たちの間には敵意も嫌悪も最初のうちはなかったけれど、我が家にアリサ・ハロネンがやって来るあたりになると、私への対応が明確に悪くなる。


「いつだって、アリサをいじめるな、アリサの大切な物を取り上げるな、従妹なのだからもっと大切にしろでしたっけ?アリサ、アリサ、アリサと、彼女の名前ばっかり言っていたじゃないですか?」


 私は従妹でもあるアリサ・ハロネンを虐待したという理由で捕まり、その後、我がエーデルフェルト公爵家が人身売買をしていただとか、王宮のお金を横領していただとか、王家転覆を狙っていただとか、でっち上げられる事になって、家族ともども罪をかぶる事になる。


「いつでも公爵家である我が家はお取り潰しで、私はいつでも一番最初に首を切られるのですもの。あれ?もしかして、私の家族もギロチンですか?」

 母は皇帝の妹ですからね、そんな事をした暁には、そりゃあ帝国からの侵略攻撃を受ける事となるでしょう。


「今は過去の話はやめよう!未来!この先の未来の話をしようじゃないか!」

「よくもそんな事を言えますわね?そもそも殿下が、私が相談してこなかった事をどうのこうのと言い出したんじゃありませんか!」

「とりあえずわかった!」

 殿下は仕切り直すようにして手の平を叩くと、

「僕はこのループを終わらせたい、君だってループを終わらせたいんだろう?」

と言い出した。


「君はきっと、いつか、僕が、絶対に君の事をギロチン刑に処する事になるだろうと思っているし、君はその事に恐怖を感じている」

 そりゃもちろんよ!いくら精神操作がどうのこうのと言われたって、毎度毎度首をバチンと切断される、こっちの身にもなって欲しいものだわ!

「だったら契約魔法をしようじゃないか」

 殿下は胸を張って言い出した。


「王家所有の契約魔法を使って、僕が絶対に君に対してギロチン刑などには処する事はしない。死刑にもしないと契約をする。この契約には特殊な紙が必要となるから、これは父上にお願いした上で用意をして、正式な書類として保管してもらう事にする」

 この世界には魔法というものがある。契約魔法は誓約書にお互いの名前を記す際に、お互いの魔力をのせて契約を行い、もしも契約に違反をした場合には、一生を不遇で過ごすほどの大過に見舞われることとなる。


「そんな!でも!」

だったら絶対に殿下がギロチン刑を命じる事はないだろうから嬉しいけれど、

「殿下がそこまで言うって事は、私に何かをさせたいって事ですよね?」

なんだか嫌な予感がして気分が悪くなってきた。


「まさか、十五歳になるのを待たずに、アリサを養子にしろとか?今すぐ探してこいとか?今度こそアリサの下僕として生きろとか?そんな事を言い出すようだったら私・・・」

とにかく、殿下はアリサ至上主義であり、名ばかり婚約者の私はそれで酷い目にあったものだった。そもそも最後はいっつもギロチンだもの。


「違う!違う!違う!そういう事じゃなくて!もっと別のことが頼みたいんだよ!」

 殿下は真っ青な顔でブルブルと首を横に振る。


「君にはスカルスガルド帝国に対して『傾国の美女』または『傾国の魔女』の討伐方法について調べてくれるように要請してもらいたいんだ」

「つまりは・・あの・・アリサ・ハロネンの討伐方法ということですか?」

「そうなんだ。君には是非とも帝国の力を使って、アリサの殺し方を調べて欲しい」


 あんなに愛していた人なのに・・・


「あんなに愛していた人・・なんてことを言い出すのはやめてくれよ?僕はあの頃、完全に精神を操作されているような状態だったのだから」

「だけど、殺し方って・・」

「君は知らないから仕方がないんだけど、彼女の所為でいつも我が国は滅びる事になる。これは間違のないことなんだ。そうして災いの元である彼女をどうにかしようとしても、いつも、碌なことにならない。呪いが発生して、後戻りできない状態に陥ってしまうんだ」

「それじゃあ、今から何処にいるのか探し出して、他国へと送り込んじゃったらどうですか?」

「それじゃあ、送り込まれた先の何処かの国が滅びることになる」

 殿下は下唇を噛み締めると言い出した。


「僕はもう、自分の国だろうが、他国であろうが、人が大勢死ぬのは見たくないんだよ」

 私が死んだ後、一体この世界はどうなっちゃったんだろう?

 まあ、本気でそこについては、どうでも良いのだけれど。


 とにかくお父様に全てを話すって事を殿下に伝えたところ、とりあえず今は待ってくれと言われてしまったの。

「私たちのこの経験が妄言として認識されるのだけは避けたいから」

だから待ってくれと殿下は言ったけれど、帝国への要請の手紙だけはすぐにでも出してくれと殿下は言う。


「夢に見たとか、お告げを受けたとか、とにかく何でも良いから『傾国の美女(または魔女)』について調べてほしい。手遅れにだけはしたくないんだよ」

「お告げねーー〜」

そういう事なら案外簡単に出来るかもしれない。

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