第2話 御園生総本家と分家

 中々なかなか家の外に出ようとしない息子を、気晴らしに旅行にでも連れ出すつもりでいたダミアンは、この週末の為に会社のあらゆる会議や会食を事前に終わらせていた。

 この国の有名起業家の一人であるダミアンのスケジュールは、それは多忙でとても旅行に行っている余裕など無いと、秘書の一人であるジミーが妻の茉莉花に話してくれた。それでも愛する息子の為に時間を作ろうとする夫の思いに茉莉花は涙が溢れた。しかし、この日突然鳴ったインターホンの音でダミアンの計画は見事に崩れてしまうのだが…。

「はーい。今出ますね」

 茉莉花は慌てて玄関に向かい鍵を開けインターホンを鳴らした人物に対応した。

「どうも、ありがとう」

 お礼を言い部屋の中に戻って来た茉莉花は小さな小包みを持っていた。どうやらインターホンを鳴らした人物は宅配者だったらしい。

「誰からだ?」

「えっと…あらっ! 日本からだわ」

 久しぶりに日本から届いた宅配物と、そこに書かれた日本語の文字に興奮する妻を見てダミアンは嫉妬と喜びが入り混じり複雑な心情になった。

「…で誰宛てに届いた物だ? 君宛てか?」

 夫の言葉で平常心を取り戻した茉莉花は、

「私に…じゃないわ。リクト・アレクサ・チャオ様って書かれているわ!」

「リクト宛てか? どうして日本からリクトに荷物が届くんだ?」

 ダミアンは訝しげに小包みを見た。

「…さぁ? 分からないけど、送り主の欄に御園生弓弦みそのおゆづると書かれているわ」

「御園生弓弦って誰だ? 君の名字と一緒だが…」

「ええ。御園生家は母方の祖母の生家の名字だから、多分送り主はその祖母の親族だと思われるけど…。弓弦って名前の人は私も知らないし何故リクトのことを知っているのかも分からないわ」

 首を傾げ考え込む妻に『俺以外の人間のことなど考えるな』と言ってしまいそうになったダミアンは、咄嗟に妻の手から小包みを奪うと近くに有ったナイフで小包みを開けようとした。

「ダミアン! 駄目よ。リクト宛てなんだから本人に開けさせてあげましょう」

「だが…もし危険物だったらどうする? リクトと君に何か合ったら俺は…」

 ダミアンは愛しい妻を抱き締めた。

「大丈夫よ。さっき宅配物を受け取った時、危険物では無いと聴いていたし…もしかしたらこの中にリクトの現状を変えてくれる何かが入っている気がするの」

 愛しい妻の説得にダミアンは折れるしかなく、自室に籠る息子を呼んだ。


「何? 父さん」

 父親の呼び付けに渋々と言った足取りで自室から出て来たリクト。

「今、リクト宛てに日本から荷物が届いた」

「日本から? 誰?」

「御園生弓弦って人からよ」

 妻の言葉と共にダミアンは小包みをリクトに手渡した。

「御園生弓弦なんて人、僕は知らないよ?」

「あぁ、分かってる。父さんたちも全く知らない人だ」

「そ…そんな人からの小包みなんて怖くて開けられないよ!」

 小包みを父親に押し返そうとするリクトは、小心者の性格をここでも発揮させた。

「リクト。この小包みは遥々はるばる日本からリクト宛てに送られて来た物だ。送った人の気持ちを考えてリクトが開けることが筋ってものだ!」

「筋?」

「物事の道理って意味よ。きっとこの小包みを開けることでリクトの悩みが解決…ううん、気が紛れるかも知れないわ」

 優しく微笑む母親に促されながら父親に手渡されたナイフを使い、リクトは仕方なく震える手でゆっくりと小包みを開けた。すると、中から厳重にクッション材に包まれた少し厚みがあるディスクケースが現れ、その上にはニ通の手紙がえられていた。

 手紙にはそれぞれ名前が書かれていて、リクトと母親の茉莉花宛てにだった。小包みの中身はたったそれだけだった。

「これだけ?」

 リクトは少し厚みのあるディスクケースと自分宛てに書かれた手紙を手に取った。 

 最初は怪しみ躊躇ためらっていたリクトだったが、微かに手紙から漂って来る懐かしい香りに気付き「部屋で読む」と呟き、自室に戻って行った。

 母親の茉莉花も、直ぐ様自分宛てに送られて来た手紙を手に取り読み始めた。そして、手紙に書かれている内容に涙が止まらなくなった。 

 妻の涙に驚いたダミアンは、そっとその肩を抱き寄せた。

「大丈夫か?」

 心配する夫の言葉に「ええ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけ。でも、長年気掛かりだった事がこの手紙のお陰で分かったわ」と茉莉花は笑顔で答えた。

「…リクトを身籠った時の事か? 俺に何も言わずにご両親が君を日本の祖母の家に預けた…」

「そうよ。当時、両親が何故日本の祖母の元に私を送ったのか、その理由と今は亡き両親や祖母の思いがつづられているわ」

「そんなこと、何故なぜ手紙のあるじが知っているんだ? ご年配の方か?」

 夫の言葉に茉莉花は首を左右に振った。

「この手紙の主はまだ二十代前半の若者よ!」

「何? そんな若者が何故君の身に起きた事やご両親たちの思いまで知っているんだ?」

「それは、この手紙の主…御園生弓弦って人が、ううん…御方が、御園生総本家十九代目跡目の『御当主』だからよ」

 妻の口から出た言葉にダミアンは固まった。

「…俺が一般人なら、総本家・跡目・御当主と聴いても和菓子屋のお坊ちゃんか? と思う程度だが、これでも俺はこの国の名の知れた起業家の一人で世界中の起業家とも付き合いがある。もちろん日本ともな。だから、御園生総本家と聴いたら…」

「世界中の大財閥の一つと言いたいんでしょう? そうよ。あなたの考えてる通り。でも、御園生家は『財閥』と言うより『組織』みたいな一族だと昔祖母の口から聴いたことがあるけど…だったら、この御方が一族の中で起きた出来事を知らない筈が無いわね」

 手紙を再び封筒の中に入れながら茉莉花は頷いた。

「全て先代跡目たちから語り継がれているでしょう。私の祖母は御園生家の分家の枝分かれの家に産まれたから総本家とは直接関係は無いけど、起きた出来事は仮令たとえ小さな事でも全て把握されている筈よ」

 複雑な笑顔で微笑む妻にダミアンは、茉莉花と出会った当時を思い返していた。



 正直――当時、茉莉花の名字を気に掛けなかったと言えば嘘になる。

『御園生』その名字が日本と言う国にどれほどの影響力があるか、そして世界中の権力者や資産家など有名な人物との交流がどれほどあるか…若きダミアンはその情報を自身がこの世で最も嫌う人物から教えられていた。しかし、『御園生』と言う日本の名字は結構あるらしく、その全ての『御園生家』が財閥と関係がある訳では無いと仕事で知り合った日本の起業家や実業家たちから聴いていたが…。

「きちんと話してなくてごめんなさい」

 自分の胸元に顔をうずめる愛しい妻を、ダミアンに責める気は毛頭無い。

「…で、これで君の長年の気掛かりは解決した訳だな?」

「ええ、一応」

 そう答える妻にダミアンは「一応?」と問い返した。

「私のことはもういいの。それよりリクトのことが気掛かりだわ! あの子宛てに送られて来た手紙の内容が気になって…。総本家の『御当主』が分家の枝分かれの家の孫娘の子供に、一体何の用があるって言うのかしら?」

 妻の疑問はダミアンも感じていたものだ。

「私の手紙に書かれている事が真実なら『御当主』はずっと前からリクトの存在をご存知だったはず」

「…まぁ、それもそうだな。当然、俺のことも調べ上げていらっしゃるだろう」

 ダミアンの脳裏に一瞬腹立たしい人物の姿が浮かび上がり「当然、あの男のことも知ってるよな」と、独言どくげんした。

「私、リクトに気が紛れるって言ってしたったけど、それは『御当主』からだとは知らなかったからで…。もしかすると、悩みの種を増やしてしまったかも知れないわ! あの子の人生に関わることだったら…」

 頭を抱える妻に、

「まだ、何も分からないんだ。とりあえず旅行の話は流れてしまった訳だし、ゆっくりティータイムでもしてリクトが自室から出て来るのを待っててやろう」

 優しく語り掛ける夫に茉莉花は頷きキッチンの中に入って行った。

「いくら『御当主』でも、リクトに害が出るなら俺だって黙っちゃいないさ…」

 一瞬、妻や息子に見せない表情をしたダミアンの呟きは、キッチンで楽しそうにお茶菓子を用意する茉莉花には届いていなかった。




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無双天地〜遺志を継ぐ者 kajin @sagakajin

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