無双天地〜遺志を継ぐ者

kajin

第1話 絶世の美少年は小心者!

 ここはシンガポールのとある高級タワーマンションの一室。

 最上階ではない為、周辺の高層ビルを一望出来るとまではいかないが、見晴らしはいい方だ。

 この国の象徴であるマーライオン公園のマーライオンも毎日眺められる。

 室内には豪華なペルシャ絨毯が敷き詰められ、置き物もアンティークなモノが多く住人はかなりのお金持ちだと思われる。そんな豪華な部屋には幾つか小部屋がある様で、一番奥の部屋から英語で会話する二人の声が聴こえて来る。

「ねぇ、リクト。今日もスクールに行かないの? 3日も休んだらら、勉強が皆に着いて行けなくなるわよ?」

 綺麗な容姿の母親らしき女性が優しく声を掛けた。 

「…いい。行きたく無い! 勉強は母さんと父さんが教えてくれたら大丈夫」

 リクトと呼ばれた少年はそう言い布団にくるまってしまった。

「もぅ~、スクールで一体何があったの? 3日前まではあんなに楽しそうに通っていたのに…」

 急に態度が変わってしまった息子の様子に戸惑う母親は、とりあえず「お腹が空いたら起きて来てね」と声を掛け部屋を出て行った。

 母親が部屋を出て行ったのを布団からチラリと確認したリクトは、

「もうすぐ17歳になるのに「流行の戦闘ゲームに着いて行けなくて、卒倒したらクラスの皆に笑い者にされた」なんて、幾ら両親でも恥ずかしくて言えないよ…」

 スクールに行けない理由をポツリと呟いた。

「まさか皆があんなグロテスクなゲームに夢中なんて信じられない!蝿一匹でさえろくに殺せない僕に対する嫌がらせだよ…」

 ベッドの上でバタバタと手足をバタつかせ苛立ちを発散させる少年は、リクト・アレクサ・チャオ。

 リクトの性格はいい意味で言えば心優しくて情の厚い少年。悪く言えば気が弱い小心者なのだ。

 幼い頃から蝿や蟻と言った小さな虫でさえ殺せないリクトにとって、幾らゲームでも人を平気で殺したり罠にめたりする人間が理解出来ない。



 一週間前ーーシンガポールの中でもハイレベルのセカンダリースクールに通うリクトは、クラスメートの友人たちが担任にバレない様にコソコソと携帯をいじっているのに気が付いた。気になったリクトは昼休みになり何をしていたのか友人たちに尋ねてみた。でも、その好奇心が仇となりその日からスクールに通うのが億劫おっくうになってしまった。

 その日、友人たちに携帯の画面を見せて貰ったリクトの目に飛び込んで来たのは、見目麗しいキャラクターが手に持っていた武器で相手の敵のキャラクターを残酷なほど斬り刻んでいる姿だった。それはリクトにとって余りにも衝撃的で思考がストップしてしまった。

「このゲーム『無双天地』って言うんだけど、めっちゃハマるんだよ! オンラインゲームだから世界中のプレイヤーたちとも繋がれるし、キャラ同士のバトルがリアルでハンパねぇー!」

 興奮気味に話す友人の会話に全く着いて行けないリクト。

「ほら! こうやって連打すると技が出て相手のキャラに致命傷を負わせる事が出来るんだ。回復もヒーリング系の技を持って居ないと出来ないし…嗚呼、そう言えば十分間相手から逃げ回れば出来るけど、このやり方は止めた方がいいぞ。オンラインだから世界中のプレイヤーたちに馬鹿にされるから」

 爆笑する友人たちと携帯の中の酷い死に様のキャラの姿に到頭とうとう着いて行けなくなったリクトは、その場で卒倒してしまった。

 以来、3日経った今でさえ友人たちの顔を見るのが怖くてスクールに通えないのだ。

「あぁー! こんなゲームを造った人間が居るなんて! 僕の楽しかったスクールライフを返して欲しいよ…」

 見知らぬゲームの考案者に愚痴を言いたくなった。


 その日の深夜。

 スーツ姿のイケメンな中年男性がこの部屋に帰って来た。

「お帰りなさい。お疲れでしょ? 先にシャワー浴びて来て。その間に夕食を温めておくわ」

 エプロン姿のリクトの母親はそう言ってキッチンからシャワールームを指した。しかし、男性はシャワールームには向かわずにリクトの母親の背中に回りそっと後ろから抱き締めた。

「リクトはどうだ? スクールに行く気になったか?」

 イケメンの顔に似合ったバリトン声質の声に耳元で囁かれ、リクトの母親は頬を赤め息子の報告をした。

「スクールで何が有ったか分からないけど…多分、当分は行く気が無いと思うわ。子供の頃から自分の主張は絶対に変えない子だから」

「頑固な処は君似…いや、俺似か? でも、スクールに行かない理由が分からないのは厄介だな。それで担任は何て?」

「それがよく分からないと言われたの。授業中にこれと言った揉め事もなかったらしいし…」

「フン! 使えない担任だな。毎日見てる生徒の様子も分からないとは!」

 少し怒気の混じった言葉に、

「それは私たちにも言えることだわ。実の親が息子の悩みの理由を知らないんだから!」

「…俺たちの関係が問題じゃ無いよな?」

「それは今更だと思うわ! スクールの子供たちどころかその親も教師たちだって皆知ってるわよ。リクト・アレクサ・チャオの両親は二十歳も年齢の離れた夫婦だって!」

「だよな…なら、何が原因だ? まさか、女に振られたか? いや、それは絶対にあり得ないな。リクトは君に似て容姿は完璧だ」

 何とも親バカな言葉の中に妻への愛情が込められて入る。

「もう、いいから! 早くシャワー浴びて来て。話したくなったらきっとその内リクトの方から話してくれるわよ」

 今にもコトに及びそうな甘い雰囲気を打破して妻は夫の腕を軽く叩きシャワールームへうながした。

 妻に促され渋々重い足取りでシャワールームに向かった夫に、

「リクトもあの人みたいに感情を態度に出してくれると分かり易いのに…」

 年若い妻はクスクスと笑って言った。


 ーーこの美しい女性は訳あってリクトを十六歳で日本と言う異国の地で出産した、母親の茉莉花まりか御園生みそのお・シャルマ・チャオ。日系とインド系のハーフのシンガポール人だ。そして、帰宅早々妻に愛情表現を阻止されシャワールームに消えて行った男性が、父親で今年五十ニ歳とは思えないほど若くてイケメンなダミアン・ミカエラ・チャオ。先祖にヨーロッパ人を持つ中華系のシンガポール人だ。

 そんな二人の間に産まれたリクトは先祖と両親のいいトコ取りをした絶世の美少年。でも残念なことにいいのは容姿だけで、男らしさにイマイチ欠ける『残念な美少年』なのだ。

 セカンダリースクールでの修了試験がある最後の1年。

 さすがに家に引き籠り続ける息子に、両親も頭を抱えていた1月末のある週末。

 リクトの人生を大きく変える出来事が音も無く近づいていた。それは小心者の性格を治すチャンスでもあり広い世界を知るチャンスでもあった。



 





 

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