第二十五話 司祭カムイと恵草 二 エルジュ司祭との出会い

 勉強部屋で何かしらの罰を受けている年長組とは対照たいしょう的に、勉強から解放された年少組が明るい顔で勉強部屋から出てきた。

 物珍しそうにマリアンを見ながらも挨拶する彼らをマリアンに任せてオレとケルブは今カムイさんと教会の裏にある畑に来ている。


「お、もう採ってあるか」

恵草めぐみそうだけは自分で採ったが。こればかりはまかせれられない」


 そう言いながら恵草めぐみそうみ上がっているところまで行くカムイさん。

 装束しょうぞくが汚れそうなのも気にせずしゃがんでかごを手に取る。

 少し葉の様子を観察したかと思うとそれをオレの方へ持ってきた。


「確かに恵草めぐみそうだ」


 受け取りながら葉の状態と枚数を確認。


「? 少し多くないか? 」

「今回は多く採れたみたいだ」

「本当に生態せいたいなぞだね」


 複雑な顔をしてそう言うカムイさんにケルブが疑問の声を上げた。


「今回は多く採れた。ということはいつもとは違う何かをしたのかい? 」


 カムイさんはケルブの言葉に首を横に振った。


「今回は多く採れたからいいが原因、というよりも条件がわからないというのは少し不安だな」

拙僧せっそうも同意だ。そもそも恵草めぐみそうはこの地付近で採れるものでもない故」

「その言い方だと自生じせいしている場所があると聞こえるんだが」


 オレの言葉にうなずくカムイさん。

 マジかよ。


恵草めぐみそうはそもそも聖国付近に自生している薬草。ポーションとして有用性が確認されるまでは飢餓きが時の非常食あつかいだった」

「え、これ食べれるのか?! 」


 オレの声を聞いたカムイ司祭はクスリと笑いながら「苦いがね」と頷いた。


「しかしキュア・ポーションの材料として名前が広まると各地で乱獲らんかくが起こり、現在は聖国付近以外にあまり自生していない状況となっている」

「だから珍しい、ということだね? 」

「左様。まぁこれは学者が追々おいおい調べるにしても今回はこれを収めてもらおうか」


 あいよ、と返事をし教会の中へ入り、簡単な事務室のようなところで代金を渡して恵草めぐみそう取引とりひきを完了した。


 ★


 恵草めぐみそうの取引を終えた後、オレはケルブとカムイ司祭と共に事務室の扉を開けて教会の中へ戻っていった。

 そこには楽しそうに子供達とたわむれるマリアンにそれを微笑ましく見る周りの奥様方、そして一人見かけない顔があった。


「……神官? 」


 カムイ司祭とはまた違う黒い服の修道士の服を着た女性が一人椅子に座っていた。

 カムイ司祭の服を異国いこく情緒じょうちょあふれる黒い神官服と例えるのならば、彼女の神官服は『女神官』そのもので、長い錫杖しゃくじょう豊満ほうまんな胸ではさんでいた。


 こちらに気が付いたのか長いもも色の髪を揺らしながらこちらを見上げて白い顔を向けてくる。

 カムイ司祭を見たと思うと顔を明るくし、オレに気が付いたのかこっちを見るとすぐさま何やら緑の瞳をくもらせた。


 オレ、何かやったか?

 

 そう思っていると隣からぽつりとカムイさんが言う。


「エルジュか」

「お久しぶりです。カムイ司祭」


 どうやらカムイ司祭の知り合いらしい。


 ★


「初めまして。わたしは司祭のエルジュと申します」


 緑色の瞳でひどにらまれながらも笑顔で自己紹介された。

 オレ達もそれぞれ自己紹介を。

 するとカムイ司祭が角を持つこの珍しい客人について説明を始めた。


「エルジュは各教会を回る神官だ」

「へぇ……。教会を回っているのか」

「はい。各国各地を挨拶して回っております」


 丁寧ていねいな言葉を使っているが、どこかエルジュとやらから物凄い威圧感を感じる。

 オレは何もしていないんだが。

 少し戸惑いながらも聞いてみた。


「カムイ司祭の古馴染み、ってところか? 」


 そう言うと軽く頷く。

 古馴染み、か。

 それにしてはこのエルジュという一角魔族がカムイさんとオレに向ける視線に温度差を感じる。


 あ! わかった!


「エルジュ司祭はカムイ司祭の恋人か! 」


 その瞬間カムイ司祭が「ゴホゴホ」とむせた。

 そしてエルジュ司祭は威圧を解いてオレの方を向いた。


「そのように見えますか? 」

「違うのか? 」

「恋人……あぁ……恋人。何度聞いても良いひびきです」

「違う! 違うからな! 」


 むせながらも必死に否定するカムイさんに頬に手を当て、くねくねしながら自分の世界に入った様子のエルジュ司祭。

 なんだ、オレの早とちりか。


「しかし彼女も満更まんざらではない様子。確かカムイ司祭は独身だったはず。彼女が会いに来たということは……婚約でもするのかい? 」

「ケルブ殿。冗談でも止さぬか。そんなことを言っていると……」

「婚約! はわぁぁ!!! 」


 バタンという大きな音を立てて、エルジュ司祭が倒れてしまった。


 ★


 教会内にある休憩きゅうけい室。

 そこには気絶から復活しカムイ司祭の腕に引っ付くピンクの司祭と、顔を引きらせながらも椅子に座るしぶめの司祭、そしてそれを温かい目で見るオレ達という構図こうずが出来上がっていた。


 オレ達は一体何を見せつけられているんだ?


「恋人決定」

「しばし待たれよ、アルケミナ殿。それは早計そうけい——」

「「「へぇ、彼女を見捨てるんだ。へぇ……」」」


 その言葉に項垂うなだれるカムイ司祭。

 しかしこれを見て恋人か新婚しんこんしたてのカップル以外に見えたらそれは目の病気だろう。


「それで……。エルジュ司祭はカムイ司祭の恋人ということはいいとして、今回この教会に挨拶に来たということは違う場所にも挨拶に? 」


 そう言うと何かに気が付いたのか、分かるほどにテンションを下げてこちらを向いた。


「私の事はエルジュと呼び捨てで構いません。そしてその答えですが、残念ながら……非常に残念ながら次の目的地へ行かなければ行かないのです」


 どんよりとしながらもそう答えるエルジュ。


「次はどちらへ行かれるので? 」

「ガガの町を経由けいゆしてダンジョンの町、になります」


 マリアンの問いに答えながらも「離れたくない」という風にカムイ司祭腕を取り軽く上目遣うわめづかいで見る彼女。

 しかしカムイ司祭は慣れているのか、あきらめているのかわからないが平然へいぜんとした顔でさとすかのようにエルジュに言う。


「各教会を回り現状を報告するのは、君の大切な役目やくめだ」


 そう言われ「はい」とだけ呟き瞳を落とす。

 仕事の重要性は分かっているのだろう。しかし同時にここにいたい、と。

 難儀なんぎなことで、と思いつつも椅子に体重を乗せて二人を見る。


「ガガの町やダンジョンの町には一人で行くので? 」


 場の雰囲気を戻そうとしたのかマリアンが切り出した。


「いえ、冒険者の方を雇おうかと。ここへ来る時も冒険者の方にお世話になりながら来たので」


 冒険者を雇いながらの旅か。

 危険な旅なことは容易よういに想像がつくが、それ以上に無事にここまで来ているのも凄い。

 それほどまで、彼女は聖国から信頼を得ているのだろ。


「そう言う訳でカムイさん。今回はこれでお別れになります。次会う時こそ、結婚を——」

「さぁ、今日はこれにて解散されよ。拙僧せっそうもちと用事がある故に」


 そう言うカムイさんに半ば強制的に解散させられ、オレ達は教会を出るのであった。

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