第二章 表と裏 平穏とそれと

第十二話 新たな日常

「ふぅ……。食べた、食べた」

「アルケミナ。君はもう少しおしとやかさ、というものを覚えた方がいいと吾輩わがはいは思うのだが」

「どういう意味だ、ケルブ」

「幾らマリアン嬢の料理がおいしいからと言って最近食べ過ぎやしないかい? もう少しつつしみというものを身につけなければ後でひどい目にあうと思うのだが」

「うっ……」


 朝、マリアンが作った料理をマリアンと競争するかのように食べたオレはいつものごとくケルブから小言こごとを受けていた。

 剣を軽くきながら嘆息気味にそう言うケルブにジト目を送りつつ、マリアンの方を向くと満足そうな顔をした青い髪の騎士が一人。

 こちらの目線に気付いたのだろう、金色の瞳をこちらに向けた。


「満足していただけたようで何よりです」


 笑顔でそう言う彼女に「美味しかったよ」と言い少し目線を下げる。

 毎日あれだけ食べてるってことだよな。一体どこに入って……あぁ、胸か。

 納得だ。


 そして再度彼女の顔を見るとオレの目線に違和感を覚えたのだろう、小首を傾げてこちらを見ている。

 それに苦笑いで返して食器に手をやる。


「私が片付けますよ」

「いや作ってもらったんだ。食器の片づけくらいするさ」

「でも」

「アルケミナの言う通りだよ、マリアン嬢。ここは彼女に任せたまえ。これも彼女の為を思ってね」

「どういうことですか? 」

「なに、簡単さ。錬金術以外のことになるとおろそかになる彼女の習慣を取ってしまうと彼女が今以上に堕落だらくしかねない。彼女の事を思うのならば、仕事を取らないのも、また一つの仕事ということだ」

「なるほど」


 納得するなマリアン! そして誰が堕落するだケルブ!

 そう思いつつも木の食器を手に取り、洗いに行った。


「全くケルブはオレの事を何だと思っているんだ」


 独りちながら食器を洗う。

 朝の水が冷たく、痛い。


 アーク公爵家の三男、トリアノ・アーク様を助けてから、いやマリアンを助けてからオレを取り巻く状況は大きく一変した。

 まずは助けたお礼として大量のお金を得た。

 嬉しい事であるが一生使えないレベルの金額だ。正直持て余している。


 次にマリアンがオレの店に住み付いた。なんでもマリアンとトリアノ君を助けたお礼をねていると。しかも給料などは公爵持ち。大飯おおめしぐらいの彼女の食費を持ってくれているのは助かる。

 おかげでこのアルミルの町の市場には大量のお金が落ちている。

 恐らくだが彼女は護衛か何かの役目を担ってきているのではないかと思っている。あとは公爵家とのはし渡しだろうか。


 そして最後に定期的に子息向けのハイ・スタミナ・ポーションと薬を作るようになった。

 複雑な毒を治したと言ってもまだ十分ではない。落ちた体力はすぐには戻らない。

 よって子息側で適度な運動に加えて体の動きを補助する薬と強壮きょうそう薬としてのポーションを卸しているわけだ。

 順調ならばそろそろポーションをなくして薬だけでもいいと思うのだが、こればっかりは直接てみないとわからない。


「っと終わったな」


 洗い終わり、水を切る。

 食器を立てて、日にあたる場所に置き乾燥させる。

 一度に並べる食器の量が異常に増えたことを実感しつつパッパッと水を払った。


 ケルブ達はまだ広間だろうか。

 開店までまだまだ時間はある。

 ま、開店したと言っても来る客の数は知れているが。


 今日の所はポーションを作るだけ。後は不定期にやって来る客の相手くらい。

 予定を確認しつつ、手を布で拭き、扉の方を向いて、移動する。

 広間に入るとそこには剣をかざして眺めるケルブが座っていた。


「? マリアンはどうした? 」


 そう言うと剣から目を離してこちらを見る。


「マリアン嬢ならば店の前の掃除をしてくると言って外に出たよ」

「……なんか悪いな」

「悪いと思うのならば少しは手伝ってはどうだい? 」

「……オレはオレで仕事がある」


 嘆息し、こちらを向くケルブ。

 剣を腰にした鞘に仕舞うと飛びね地に着いた。


「そう言えばこの前助けた公爵家子息の——その後は聞いているかい? 」

「いや? 今の所定期的に薬とポーションを送っているだけだ。もし順調ならばもうそろそろポーションをやめてもいいだろうとは思うが」


 すると額に手をやり、呆れたようにこちらを見上げる。


「……そう言う意味じゃないのだが」

「どういうことだ? 」

「君は今回の件で医師ギルドにうらまれるだろうね」

「何で? 」


 やれやれと言う風に手を振りながら、教え子にさとすように言う。


「本当にわからないのかい? 奴らは確かに医術、特に外傷や病気の診断・治療にけている。しかし今回君は公爵家のおかかえ医師が見放した子息を助けたんだ。今頃プライドがズタボロだろうね。そんな集団が何もしないと? 」

「幾らプライドのかたまりである医師ギルドとはいえこのくらいで恨んだりはしないだろう」

「馬鹿かね。ま、そういうことは知ってそうな人に聞くのが一番だとは思うがどうだろう、マリアン嬢」


 オレの後ろに向かってそう言うケルブ。

 振り向くとそこには店の扉を開けるマリアンがいた。

 何を話していたのか大体さっしているのだろう、ほうきを店の入り口にかけてこちらにってきた。


「医師ギルド、というよりも医師は貴族や豪商ごうしょうの子息のような人達がなりますので、……言いにくいですが理不尽りふじんに恨むようなことがあっても不思議ではないかと」


 だろ? と少しドヤるケルブに苛立いらだちながらも椅子に座りマリアンを見上げる。


「しかし、だからと言って何かあるわけではないだろう? 」

「そうですね。直接こちらに手を加えるほどおろかではないとは思います」


 苦笑いしながらも同じように椅子に座るマリアン。

 たゆむ双丘を見つつも片ひじを突く。


「ま、いざとなったら我が町の不良部隊が参戦さんせんしてくるだろう」

「それはそれで問題になりそうですが……しかし大丈夫でしょう。今アルケミナ殿はアース公爵家の庇護ひご下にあると言っても過言かごんではありません」

「いや、過言だろ」

「いえいえ、定期的にポーションをおろしている。それだけでお抱えの錬金術師とみられます。加えるのならばトリアノ様を救った恩人。庇護下にあるというのは過言でもありません。それを知りつつ手を出すのは馬鹿を通り越して自殺願望者です」

「ならば安心して仕事にはげめるという訳か」


 ん~っと腕を伸ばし、立ち上がる。


「じゃ、オレはちょっとポーションでも作って来るわ」


 ケルブとマリアンに見送られつつオレは作業室へ向かった。



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