第七話 錬金術師と女騎士

 アーク公は逃げれただろうか。

 深い暗闇の中、考える。

 そして最後の場面が映り込む。


『私が殿しんがりつとめます! 』

『待ってろ! すぐに助けに!!! 』

こうを押し込み馬車を走らせろ!!! 』


 そうだ。

 あの後私は巨大なウルフと相打あいうちになって。


 ズキリ。


 まれた横腹よこばらが痛む。

 しかし……。ここはどこだ?

 死後も痛みというのは感じるものなのだろうか。


 考えていると鼻につく臭いがする。

 やはり地獄なのだな。

 この臭い。地獄と言わず、何と言うのだろう。

 しかし天国に行けなかったのは残念だ。

 私は信心深いと思っていたのだがな。


 音が、する。


 ん? 本当に死んでいるのか?


「わっ!!! 」


 目を開くことができた?!

 あたりを見渡す。

 暗く質素しっそな部屋だ。


「……まさか賊?! 」


 反射的に腰の剣を取ろうとする。

 しかし何もない。

 不覚!!!

 獲物を取られているとはっ!


「まず……」


 どうするか考え、座っている所から立ち上がる。

 ガラン、と体の上から何か落ちた。

 ……。よろいだ。

 なくなったよろいの部分を見る。


「~!!! 」


 は、裸!

 も、もう私はやられてしまったのか!

 屈辱くつじょくだ!


「それにこの臭い……。賊の小屋こやというのはこれほどまでにひどいのかっ! 」


 鼻がおかしくなりそうだ。

 顔をしかめつつまずはかぶさっていた服とよろいを着ることにした。


 なにやら丁寧ていねいな賊のようだ。

 私の服をたたんで机の上に置いている。

 「美味しく食べました」ということかっ!

 クソッ! 見つけたら切り刻んでやる!


 決意けついを固め机の方へ。


 黒いインナーを手に取りふとあの巨大なウルフにまれたところを見た。


「……傷が治っている?! 」


 深手ふかでだったはずだ。

 いや、死んでいてもおかしくない。

 しかし傷自体がふさがっている?

 痛みはあるが致命傷が治るなんて……。

 一体どんな賊なんだ?

 神官崩れか?

 回復ヒールでもダメな傷だと思った。

 ならばその上位神聖魔法か?


「分からない事が多すぎるな」


 ぽつりと呟きながらインナーを着て薄いよろいを身にまとう。

 下を見る。青い短めなスカートがある。


 スカートは……。大丈夫なようだ。

 手を付けられていない。

 本当に何なんだ?


 訳も分からないまま考えていると――人の声がした。

 女性の声だ。

 どこか高く、そして興奮しているような声だ。


「獲物はないが女の賊ならば」


 そう思いすぐさま音を立てずに扉側に立つ。

 耳を扉につけて内容を聞こうとする。

 しかし聞こえない。

 距離があるようだ。

 少し離れて考える。


「行くべきか、逃げるべきか」


 本来ならば逃げるべきだろう。

 しかし賊ならば騎士たる自分が倒さねばならない。


「行くか」


 そっと、扉を開けて中をのぞく。

 どうやら廊下ろうかはさんでいるようだ。

 声はその先にある扉の向こうから聞こえる。

 

 音を立てないようにゆっくりと、ゆっくりと先に進み扉に着く。

 軽く耳を当てて声を拾う。

 しかしやはり聞こえない。


 気付かれないように扉を開けて中をのぞく。

 するとそこには――


「出来た!!! 出来たぞ!!! 」

「……ギリギリ及第点きゅうだいてんだ。だがロスが多すぎる」


 一本のポーション瓶を手に取り狂乱きょうらんする白衣を着た女性がいた。


「!!! 」


 思っていた様子とかけ離れ、驚き扉から手を離してしまった。

 扉はゆっくりと、しかしギギギと音を立てながら開く。

 そしてそれに気付いた白衣の女性が私の方を向いて口を開く。


「おお。目覚めたか」


 そこには心底しんそこ安心したかのような顔があった。

 私は何か途轍とてつもない勘違いをしているようだ。


 ★


「本当に申し訳ない!!! 」


 目の前の女騎士がガバっと頭を下げた。

 ここは魔道具の光を全開にした広間。

 なにやらオレを賊と勘違いしていたらしい。


「まぁ確かに上半身裸の状態なら勘違いされてもおかしくないな」

「温かい気候きこうとはいえ流石に寒かった、か」

「仕方ないだろ? 硬化付与エンチャント・ハードニングの効果が切れて、血管が破裂はれつしたら元も子もないんだからよ」

「……申し訳ない事をしたね。レディ。吾輩わがはい走査スキャンを使って調べるためにどうしても服が邪魔でね」


 ソファーに座る魔導人形マギカ・ドールのケルブが足を組み直しそう言う。

 前もって説明したが、やはりしゃべ魔導人形マギカ・ドールというのに慣れていないようだ。

 女騎士もたじたじだ。


「コホン。ではあらためて自己紹介を。私はマリアン・ローズ。アーク公爵家に仕える騎士だ。今回は助かった。ありがとう」


 と、ペコリと頭を下げる彼女。

 頭をあげた所を見計みはからいオレも自己紹介。


「オレは錬金術師のアルケミナだ。あぁ……あと兼業けんぎょうで薬師かな」

「吾輩は、さっきも言ったが魔導人形マギカ・ドールのケルブだ。こいつのお守みたいなものと考えてくれても構わない」

「誰がお守だ! 」

「だが否定できないだろ? 」


 うぐっ! 確かにそうだが。

 そうやり取りをしているとクスクスと笑い声が聞こえる。

 その方向を見るとおかしなものを見ているかのように笑みをこぼしている。


「すまない。なかがいいのだな、と思って」

「誰が」

「全く、不本意だ」


 そう言うと更に笑う。

 仲は悪くないが、あらためて人の口から言われると恥ずかしい。

 軽くほほきつつ再度見る。

 

 身長は、オレよりも少し低いくらいだろうか。だが女性ということを考えると高い方だ。

 白い肌に金色の瞳。大きめな胸に、そして何よりこの辺では珍しい青く後ろでまとめた長い髪。ポニーテールというやつだろう。


「どうかしましたか? 」

「いや。何でもない」


 ソファーに腰掛けだらけるオレ達に背筋をピンと張り起立きりつしているマリアンが聞いて来た。

 本当に騎士だな。そこまで背筋をオレは伸ばせない。

 観察していたこともあり少しばかし気まずく思いながらも「さて」と区切くぎり口を開く。


「これからどうするんだ? 」

「流石にこれ以上厄介やっかいになれません。すぐさま館へ」

「だが今は夜。流石に騎士とは言え単独で女性が外に出るのは止しておいた方が良いと思うんだが」

「君がそれを言うかい? 」

うるさい、ケルブ」


 コホンと軽く咳払い。


「で、だ。今日一日くらい泊まって行ったらどうだ? 」

「しかし……」

「まだ血管強度が安定していないかもしれない。そこの自称じしょう保護者に走査スキャンで診てもらい、了解を得て、館に戻ってもいいと思うのだが? 」

「今回はその通りだ。助けた先で血管が破裂はれつして命を失われたら、こちらとしても後味あとあじが悪い。まぁ促進系の魔法も使っているから今日一日泊まって行くくらいで大丈夫だとは思うけれどね」


 そう言われ、考える女騎士。

 そして答えが出たのかきりっとした目でこちらを見てきた。


「では、申し訳ありませんが今晩一日お世話になっております」


 こうして彼女が一時的に泊まることになった。

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