第八話 錬金術師、ポーションを作る

 早朝、朝陽が昇る前にオレはいつもと同じように目が覚めた。

 軽く腕を上に伸ばし、「ん~! 」とのびをして体をほぐす。

 肩をくるりと一回転させて「コキ、コキ」と鳴らすとベットから降りた。


「おや。お目覚めかい? 」

「いつもと同じ時間だろ、ケルブ」


 窓の方から声がした。

 目を向けると白いスーツを着た二足歩行の猫がいる。


「いつもは、山から降りた翌日は起きるのが遅いじゃないか」

「確かにそうだが、そうでないときもある」

「朝早くに起きて君のファースト・キスをあげた女騎士でも襲う気かい? 」

「何故にオレの誤解が解けないんだ。俺はヘテロだ。ついでに言うならあれはノーカンだ。治療行為はカウントしない」


 そう言いつつ椅子に掛けた白衣をバサリと着る。

 冗談だとは知っているが元が人形なせいか表情に変化がないので分かりにくい。

 この話を他の知らない人が聞くと誤解されそうだ。


「今日は……。あぁ、そうか。昨日はテンションが上がり過ぎてハイ・スタミナ・ポーションを作り忘れてたな」

「その通り。だからこれから作ろうと思う。出来たらついでにギルドにもいく予定だ」

「なるほど。では私はレディを守りに行くとしよう」


 窓から降りてカツカツと音を立てながら扉の方へ行く。

 オレが扉を開けるとその先へ。

 オレも扉から出て廊下へ行く。

 ケルブとは違う方向へ足を向けて、作業室へ行った。


 ★


「昨日の洗い物は……。明日にでも回すか」


 特殊なポーションを作るために作った巨大な装置を取り外して持ち上げる。

 扉をり開けそれを隣の部屋の机の上に置くと、作業室に戻った。

 新しい機材を取り付けてモルト草を切る。


「慣れたとはいえ臭いがひどい」


 青臭い臭いに苦悩くのうしながら小さなモルト草を細かくし適量てきりょうずつ分けた。


 次はジゴン。

 まずは魔導コンロに火をつける。

 適温てきおんになる前に丸ガラスびんに水を入れて準備を。

 適温になったら、それをそなえ付けて水の温度を上げる。

 沸騰ふっとうしない少し前くらいの温度が適温だ。


 温度が上がり切る前にジゴンの一部を保護瓶から取り出しに入れる。

 温度を徐々に上げながらその温度を保つ。


 回る還流かんりゅう装置を見ながらも素早く最後の作業へ。

 ニジンの根の皮をすぐに向いて切り刻む。

 それを温度が上がりきった丸ガラス瓶の中に放り込み還流かんりゅう装置から透明な水滴すいてきが落ちてきているのを確認し、一息つく。


「後はこれをり返すだけだな」


 そう言いつつ何回にも分けてハイ・スタミナ・ポーションを作り続けた。


 ★


「……終わったぞ」

「おはようございます! 」


 朝の仕事を終えると広間に件の女騎士——マリアン・ローズがいた。

 しかしいい香りがする。

 中を進むと料理があった。


「これはマリアンが? 」

「はい! 昨日のおんを少しでも返せればと」

「嬉しいが、君は本当に貴族子女なのか? 苗字みょうじがあるということは――騎士とは言え――貴族の娘なのだろ? 貴族の娘が料理をするというのは聞いたことがないんだが」

「正直得意ではありません。しかし騎士になる時に自炊じすいできなければならないと思い訓練しました! 」

「……訓練でどうにかなるレベルの料理ではないような気がするんだが」


 目を机にやる。

 正直オレよりも上手い。

 なんだ、この高性能騎士は。


「そういえば食材はどうしたんだ? 」

吾輩わがはいが場所を教えたのだよ。どうしてもおん返しがしたいとのことだったのでね」

「それでか」


 軽くあきれつつも座るようにうながされ、座る。

 祈りの言葉をささげて料理を口に。


「美味いな。時として外見は良いが中身はゲテモノというものを口にしたことがあるが、これは良い意味で期待を裏切られた」

「そう言っていただけるとうれしく思います! 」


 彼女も木のフォークでサラダを突き刺し口に運ぶ。

 ……。ここにあるものは薬膳やくぜん料理の為のものだったんだがここまで美味くなるのか。

 オレも本格的に料理の勉強した方が良いのか?


 そう思っている間に目の前の料理が半分くらいになっていた。


「あ、あれ? 料理が少なくなってる? 」

「……呆れる程素早く彼女が食べてしまったよ。アルケミナも早く食べないと全部食べられるぞ? 」


 思った以上に食いしん坊のようだ。

 オレもすぐに口をつけどんどんと食べていく。

 結局の所オレは三分の一くらいしか食べれなかった。


 食事を終え、食器を洗った後オレは作業室へ。

 そこにはすでに冷やされたハイ・スタミナ・ポーションが三十本ほどある。

 それを腰にしてあるアイテムバックに入れて広間に向かう。


「これからお出かけですか? 」

「ああ。冒険者ギルドに行く。マリアンも行くかい? 」


 そう言うと少しなやまし気な顔をするマリアン。


「あそこにはマリアンが「まだ生きている」と伝えてくれた魔法使いもいるだろうからお礼は言っておいた方が良いと思うんだが」

「行きます! 」


 即決そっけつだった。

 恐らく規律きりつもそうだが義理ぎり深い性格なのだろう。


「じゃ、準備をしていこうか」


 白衣を脱ぎ黒い魔法使いのローブに身をつつみオレ達は冒険者ギルドへ向かった。


 ★


納品のうひんを確認しました。ではこちらがお代になります」


 ミミから代金の入った袋を受け取りアイテムバックへ入れる。


「それにしても律義りちぎな方ですね」

「オレもそう思うよ」


 首をくるりと回す。

 そこには今もペコペコと頭を下げ、高く大きな声でミスナにお礼を言うマリアンがいた。

 ミスナも突然のことで驚いている。

 隣にいるウルガスの服のすそを引っ張り、見上げてどうしたらいいのかわからないような顔をしていた。


 にしてもウルガスも彼女の気持ちに気付かない風だ。

 少し可哀かわいそうではあるが、こればかりは外野がいやがどうこう言うことではない。


 一通りお礼が終わったのかマリアンが上機嫌でこちらへ向かってきた。


「このたびは本当にお世話になりました! 」

「いや。いいよ。まだ救える命で、そこにオレが居た。それだけだ」

「「「うぉぉぉ! あねさん!!! 」」」


 オレがそう言うとマリアンの後ろで陣取じんど強面こわもて達が涙を流しながら感激している。

 ま、まぁ彼らもマリアンと似たような感じだったし、きっとマリアンに感情移入したのだろう。

 中には鼻水を流している奴もいるみたいですする音が聞こえる。


 そのような中一気に扉の方が騒がしくなった。何やら金属音がする。

 瞬間強面こわもて達に緊張が走る。

 すぐに構えるのは流石Bランク冒険者というべきか。

 ついでにオレを守るかのようにケルブが前に立っている。


 そして金属音は止まり、扉が開いた。


「騎士? 」


 ぽつりと言葉が出たが騎士のような格好をした男が一人入ってきた。


 貴族だろうか。

 その後ろを一人の男性がついてきている。


 緊張走る中、固まっていたマリアンがいきなり叫んだ。


「アーク公爵閣下?!! 」


 ……どうやら彼女に迎えが来たらしい。

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