第3話 歓声


 そんな歓声にも似た声が辺りに響くと、悠馬や宗佑は驚いて戸高さんの方に顔を上げた。


 戸高さんはワクワクした面立ちで声を荒げると、二重の瞼を大きく開いた。


「ほら、隣町に光新学園中っていう中高一貫校があるでしょう。倍率が何倍もあって入るのが難しいんだって。それでそこの御曹司がやって来るみたいよ」


 すると、宗佑が頬を赤らめて答えた。


「マジかよ。何でそんなやつが来るんだよ」


 戸高さんは大きく瞼を広げてこれぞとばかりにいった。


「あたしだって知らないけれど、とにかく男の子でかっこいいらしいよ。こんなイモ臭い男子しかいない辺鄙中学に洒落た少年がやって来るのだから。あたし、わくわくしちゃう。勉強もよく出来るのかなあ。スポーツも得意かなあ」


 そのイモ臭いの一言が余計なのだ。


 しかも、その辺鄙中学って何だよ。


 だから、そんな余計な言葉のせいで嫌われる。


 チクチクと心に道端の草花の棘が指の先に突き刺さって、なかなか抜けないときのように戸高さんのおせっかいは度が過ぎる。


 どうせ、おれたちは昔からイモ臭い男ですよ、都会に住む肌が白くてルックスもいい少年ではありませんよ、と本人の目の前で皮肉を言ってみたかった。


 でも、なせ、戸高さんがその顔も見たことがない転校生のことについてあれこれ知っているのだろう。


 あとで戸高さんに聞けば、下宿先でお世話になっている友輝じいちゃんがこの地区の委員長をしているから、その関係で知り得た情報なのだと言う。


 だが、なぜ、わざわざ私立中のボンボンがこんな僻地の中学に転校するかという肝心の部分は知らなかった。



「そいつは何で鵜戸中に来るんだ?」


 宗佑が言う鵜戸中とは鵜戸岬中の略である。


 もっぱら生徒の多くは鵜戸岬中のことを鵜戸中と呼び合っていた。


「あたしも知らない。おじちゃんもおばちゃんも教えてくれなかった」


「裏に何かありそうだな。なあ、悠馬はどう思う?」


 宗佑から聞かれたので悠馬はそれなりの答えは出さないといけないと思いつつも、答えが見つからず曖昧な返事をした。


「……親がリストラされたんじゃない?」


 宗佑や戸高さんは見事に納得して何度も首を縦に振った。


 おお、意外にナイスな答えだったのか。


 朝から的確な答えを出せるなんて気分がいい。


 これがテストのときだったらもっといいんだけどなあ。


 それならそれなりの成績表が終業式のときに返ってくるんだけど。



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