第2話 おつかい
本日もいつも通り出勤した高橋はスーツのジャケットを脱ぎ、スーパーの店員の戦闘服であるエプロンを身につけ、品出しをするため売り場に出る。担当の品出しを終えると、各売り場を確認してまわりはじめた。
開店してすぐの時間でも客は来店している。そして昼に近くなると、近くで働く会社員が弁当を買いに、夕方になると夕飯の材料を買いに来る人がだんだんと多くなってくる。
少しずつ来店客が増えてきた昼の少し前、野菜コーナーで陳列の整頓をしていた時のことだった。
買い物をしているお客さんが、同じ方向を見て一様に少し驚いていることに気づいた。彼女は何があるのだろうと考えながら、皆が驚いている原因を探した。原因はすぐに見つかった。
そこには動物ではないが、動物のような白い体毛の生き物の幼体2匹が、店内をあちらこちらと歩いていた。その2匹は神の使いの狛犬と獅子であった。獅子が元気に店内をあちらこちらに動き回り、その後ろを狛犬が頭にカゴをのせて歩いている。
「お客様、お話よろしいですか?」
高橋は、店内で注目を集めている2匹に声をかけた。2匹は呼びかけに立ち止まり、高橋の顔を見上げると揃って首をかしげた。そしてその動きによって、獅子は頭上のカゴを落としてしまった。
休憩室に狛犬と獅子を連れて入った高橋は、少し疲れた様子で椅子に座った。
「こちらの椅子をどうぞ。楽な体勢でいいですよ」
「なんだよ、あたしらに何か用かよ。忙しいんだ!早く済ませろよ」
キリッとした目元で、黄色の毛が混じった獅子が言ってきた。
「そんな言い方ダメだよ?あの……ボクたち何かしちゃいました?」
そんな様子に怯えながら、少し垂れた目元で毛に赤色のが混じった狛犬が言ってきた。
「何かといいますと、これといってのことではありません。例え、神であろうと天使であろうとお客様は平等です。ただ、当店は飲食物を扱っているため、動物の姿で入店されるのは問題なんです」
「つまりは、俺たち悪いことしたのか?警察呼ぶのか?」
「いえ、悪いことはしていないですよ。少し話を聞きたいので、声をかけました」
「このスーパーは神や天使、それらの使者など様々な方が来店されます」
うんうんと頷く2匹。
「ただ公の場ですので、皆さん体の大きさを変えたり人化したりして来ています」
「なんか問題なのか?」
「飲食物を扱う店としては動物の毛は問題があります」
「なんだと!あたしたちは神様のお使いで来たんだぞ?細かいこと言うな!」
「細かくありませんよ。天界保健所に指導されることにもなりかねません。なので、動物体ではなく、人化していただいての入店を皆様にお願いしています」
「そうなのか?でも、あたしら人化できないぞ」
「えっ、そうなんですか?」
高橋は想像していなかった答えに困惑した。
「うん、ボクたちできないです」
「それは困りましたね。では、今練習してみましょう」
「いいのか?なら、頼む!」
「よろしくお願いします……」
2匹の返答に、ホッとした高橋は続けて質問した。
「神力はわかりますか?」
「こないだ、神様に教えてもらったぞ」
その言葉に同意するように狛犬が小さくうなずいた。
「それでは神力を体内でめぐらせてみてください」
それに狛犬は、毛を逆立てながら体に力を入れている。
獅子の方は体をプルプルと震わせていたが、よくわからなかったようで首をかしげた。
「どういうこと?」
ついに獅子の方が諦めて尋ねてきた。
「神力に関して操るところまでは教わっていないようですね。なら、少し力技ですがやってみましょう」
そういうと高橋は両手の人差し指を、狛犬と獅子のそれぞれの額に軽く押し付けた。
「いきますよ。変な感じがするかもしれませんが、少しの間我慢してください」
そういうと彼女は、人差し指から自分の神力をゆっくりと流しはじめた。
「おぉ!なんか体の中グルグルしてる!」
そういって興奮したようで、しっぽを忙しく振っている狛犬。
「ほぉ、なんか変な感じ」
興奮した狛犬と正反対に、自身の体の変化にしっぽをピーンと立てて驚いている獅子。
高橋は2匹のその様子を見て、神力を流すのを止めた。
「わかりましたか?今のように自分の神力を体中にめぐらせて、人の姿を思い受けばて変化するんです。やり方はたったこれだけですよ。」
それを聞いて2匹とも目を輝かせて、さっそく試してみた。すると、先ほどと打って変わって、あっさりと狛犬も獅子も人型に変化した。
「まぁ、完全な人型ではありませんが良いでしょう」
2匹とも6才くらいの女の子に人化ができている。ただ、耳としっぽはそのままであった。
そんなやり取りをしていると休憩室のドアが開き、近所の女子大の学生でバイトの井上が入ってきた。
「おはようございま~す」
「おはようございます、井上さん」
「あれ?その可愛い子達、誰ですか?高橋さんのお子さんですか?」
「いえ、違います。彼らは狛犬と獅子です。店内を人化せずにいたのでお話をしていました。人化ができないとのことだったので訓練をして、ちょうどできるようになって一息したところです」
「そうなんですね––––それにしても、なんか可愛くて食べちゃいたくなりますね……」
2匹から2人になった狛犬と獅子、その姿にメロメロの井上はボソッとつぶやいた。
その言葉を聞いた獅子はすぐに自分のしっぽを大切そうに抱きしめ、その目を涙で潤ませながら井上に尋ねた。
「しっぽ食べるの?」
その姿に井上は、なんだか申し訳なくなり
「食べないよ」
それを聞いた獅子はたちまち笑顔になった。
「よかった。しっぱ大事だから……」
高橋はその姿に庇護欲が湧き、獅子の頭を優しく撫でた。
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