第十四章 ココーネのめざめ②
――ブレイガの力はアルテワーキという力をより制御し、有効に使うための武器、ブレイガイオンを生成するための力だ。ブレイガイオンという武器の形を維持するためにはアルテワーキという力が必要になる。ブレイガイオンはヘキサ・シン体とオクタ・ダーク体という精神顕現体に干渉する力を秘めている。天を貫き、人心をも貫くとも言われ、それは単に人を恐れさせ殺めるということではなく、体の芯から人を救うという意味だ。そんな神とも等しき力は、アルテワーキという秀でた力でないと力やその形状を保てないというわけだ。
またしても、ダイガンから衝撃的なことを告げられた。
神と等しき力を自分が持っている……。
いい加減、全て冗談か夢だった、と明かしてもらえたらどれほど楽か。
しかしココーネを助けるために、そしてココーネを不幸に陥れた輩をこらしめるために、今はこの冗談めいた力に頼るしかない。
それは果てしない困難な旅の始まりなのだろうか。それとも、この一年の苦しみの鉄鎖からの解放なのだろうか。
――君には辛い思いをさせてばかりだね。しかし、人は生を受けたからには戦い続けなければならない。生きるとはまさに戦うことと同義なのだ。
アネスはダイガンの言葉を聞きぐっと奥歯を噛みしめた。
そうだ……。途中で休むことがあっても、挫けることがあっても、運命という引力に逆らい、立って歩き、時に走らなければならない……。
誰かのために。
自分のために――。
アネスは意を決しこの戦いに臨もうと、ダイガンに尋ねた。ダイガンが今しがた述べたことに解決策があったからだが、多少気になる部分があった。
――先ほど、先生はご自身の力を最大限に引き出すと言われましたが……。
――そうだ。少々言いにくく、信じがたい話かもしれんが、私がブレイガイオンなのだ。
またしても心に何かがぶつかった感覚になる。
若干戸惑いつつ、アネスはダイガンの話に耳を傾けた。
――ブレイガの力とブレイガイオン……。この二つは古くから伝わる血筋や、しきたりとは異なる。人間や動物などに運命のいたずらか、神の気まぐれか、この力は授けられる。天を貫き人心をも貫く、というその力は、得てして人を越え神に等しき力であり、それは世を救い、変える力でもあり、誰しもが得たい力だろう。しかしひと度その力をふるえば、町は風塵となり、晴天は荒天になると言われ、力の使い方次第で悪にも善にもなる……。すなわちそれは呪われた力とも言える。私もヘル・マを千匹斬ったと時折称賛されるが、それもブレイガの力をいつの頃からか手にしていたからだろう。しかし、この非凡な力を存分に引き出すことは人間の姿では不可能と知った。それではこの力を完全には扱えない。そこでアルテワーキと言う別格の力が必要となる。
――つまりダイガン先生がブレイガイオンだとすれば、僕がそれを……?
――ふむ、理解が早くて助かる。しかしココーネくんのヘキサ・シンをどこに隠したのかが、私にはさっぱりでね……。
アネスはダイガンから告げられたことをしっかりと胸に置きとどめ、ダイガンのその疑問に、ある目星がついていることを話した。
翼竜と化した一つの山を今のメゾムが維持し続けることには無理があった。
中途半端な力しか保持できないのは、やはり肉体という土台を喪失していたからだ。
精神顕現体を内に保ち続けていくには、生まれついての体が必要不可欠だ。それは生まれてからずっと、オクタ・ダーク(精神顕現体)を外側、つまり肉体から鍛えていったからで、オクタ・ダーク、あるいはヘキサ・シンと肉体とが紐づいた関係性を持っているというのが理屈だ。
そう頭では理解していても、新たな肉体を得るのは困難を強いた。様々な人間を騙しては、肉体を獲得しようと努めてきたが、それが今の状態に結実している。
それもこれもダイガンのせいだ……。
ふと山と竜の間で浮遊していたメゾムの横を、そよ風が吹いていった。心地よさを得つつ、メゾムはある気配に前方を睨んだ。
ココーネという少女の碧眼を通じて見たのは、黒い剣を手にした、アネスという青年だった。
刀身は黒に満たされているだけではなく模様が彫られており、その部分だけ赤く輝いている。
先刻とは異なる容姿は他にもある。紅の気流を発していた以前とは違い、ぼやけたような紺色が、闇にじとっと浮かび上がっていた。
ダイガンの姿はなく、どこに消え失せたのかすぐには判別できなかった。
メゾムは長年、オクタージェンとして人の命を奪い、オクタ・ダーク体になったあとも人を散々弄んできた。そんな自分に刻まれた荒くれ者の生命の癖が、どうしてか恐怖を禁じえず、身も心も戦慄に支配されていた。
「ア、アネス……、お前、どうするつもりだ……。この娘の体ごと私を殺す気か?」
ブレイガイオンだよ、メゾム……、とアネスの方から声がした。アネスのものではなく、ダイガンのそれに似ていた。その声はさらにこう告げた。
「メゾム、君をその状態で生かしたことは詫びよう。だが、君の犯した罪は、ヘキサージェンとして、人として許しがたい」
アネスは口を動かしてはいない。では先ほどは見かけなかった、黒い剣が何か秘密を――。
そう思った瞬間、メゾムは悟った。
ブレイガの力と、ブレイガイオンという武器の存在は知っている。
そしてそれを操れるというアルテワーキこそが、目の前にいるアネスという青年であると。
メゾムはそう確信すると再度知覚した。
これは自分の死の前触れであると――。
「クソがああああっ! 武具風情が口を利き、人を制すとはああああっ!」
ありったけの力で、山のような大きさの竜を動かした。
竜の顎から、氾濫した川のような水流が吐き出された。中には木の枝や巨岩などが混じりアネスを襲う。
しかしアネスは、ブレイガイオンを縦に斬りかざした。洪水のような水の流れが真っ二つに割れ、それを吐き出した竜ごと一瞬で両断した。
ぎりっと唇を噛みつつ、メゾムは余った力を振り絞り腕を大きく振り回した。
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