第十四章 ココーネのめざめ①

 ひゅっと光ったような飛礫が飛び交ったように見えた。

 頂上の際は崖になっており、メゾムのジスードを殺そうとした邪術は、横から割り込んできた何者かによって回避された。

 崖から落ちていったジスードを肩に抱えながら宙に浮遊しメゾムの前に現れたのは、ダイガンだった。

「くっ、ダイガン! またしても私の邪魔を!」

「今日はとびっきりの助っ人もいるぞ、メゾム。観念してもらおう」

 ダイガンが人差し指で一度メゾムの方を指差す。メゾムは自身の背後の気配に気づき、そちらを振り返った。

 夜闇にマグマのような真紅の闘気を揺らめかせる少年アネスが、そこに立っていた。

「ココーネを返してもらう!」

 アネスは叫ぶと、手を差し出してもいないのに、体の周りに映える紅の気流から、無数の火球を放った。

 途端にアネスは、はっと我に返り火球の群れを静止させた。

 メゾムは声高らかに笑声を上げると、

「……よく気づいた。そう、お前が攻撃しようとした相手は、お前の友人の生身の体だ。傷つければ私が隠したこの娘の精神顕現体と一つになれず、元には戻らない……」

「ココーネくんのヘキサ・シン体をどこへ隠した⁉」

 ダイガンが叫ぶ。温厚な普段のダイガンはそこにはなく、憤激に声を荒げる。

「素直に教えると思うか? そういう純朴さが時折愚かだな、ダイガン! しかし、アルテワーキとは恐ろしい……」

 メゾムはココーネの穏やかな笑みを今にも振りまきそうな顔をして、自分の周囲を一巡した。

 そこにはアネスが放った、止まったままの何百もの炎の弾が紅く光っている。

「底知れない力を感じる。ぜひとも、オクタージェンに引き入れたいところだ。覚醒前にしもべを使い、お前のアルテワーキをものにしたかったのだがな……」

「あのとき、扉のヘル・マを操っていたのがお前だったのか?」

 アネスの問いにメゾムは顔を歪ませた。ココーネのあの優しそうな顔を汚されたような気になる。

 ――どうすれば……。これじゃ迂闊に手を出せない……。

 メゾムのその表情を肯定と捉えたアネスは、一瞬そう思いつつ、この夜を迎える前に図書館で目にしたペンダントの断面図を思い出した。

 ――あの飾り物を、アピセリアだったメゾムも持っていた……。そこに賭けるしかない……!

 不意にメゾムがオクタリリース、と唱えた。

 山の天辺が、波のように上下に揺らいだ。

 立っていられないほどの揺れに、アネスは飛ぶ、と胸中で唱えただけで、その揺れから脱した。

 ――これがアルテワーキ……。

 空を飛ぶヘキサートは他の術と同様、鍛錬を続けなければ習得はできない。しかしものにする過程の今のアネスでさえ、念じただけでその術を使えたのだ。自分のこととはいえ、背筋に悪寒が走るほどにアルテワーキの力の凄さを感じた。

 アネスがダイガンの近くに寄り、言葉を交わす。その二人の隙をつかんと、メゾムは多量の岩を棒立ちのまま投げつける。

 アネスとダイガンはそれを避けるが、メゾムは二人のさらに向こうを目掛け、岩石を次々と飛ばした。

 ダイガンが手を伸ばした。

 メゾムが岩の群れを当てようとした先には、学校の校舎や寮棟があり、ダイガンの挙動はその命中を無効にする透明の隔たりを作るためのものだった。

「そう容易いものではないとわかっているよ、ダイガン……。私とて元、地の一首だった女だ……」

 メゾムはそう呟いて、両腕を広げた。

 山頂が波打ち、やがて山肌を覆う木々や草花が反転、もしくは黒い土に呑まれたように変化した。それが巨大な物体となり、月明かりを遮った。

 山の風景が、夜でありながらこれまでのものとは極端に変わった。

 山が丸々削られ横に移動した、そんな説明を口頭でしても信じられないような、そんな現象をアネスは目の当たりにしたのだ。

 翼をはばたかせ土埃が舞った。土煙の隙間から、見上げるアネスの目に巨影が光る。

 それは長い首の先にある頭部に、二本の角を両側に生やした黒色の翼竜だった。

 アネスとダイガンはあっと息を飲んだ。

「喰らえっ! 〝崩落砲ほうらくほう〟!」

 竜のあぎとから大量の泥や、岩の破片、尖った木片などが吐き出され、アネスとダイガン、ジスードに覆い被さっていった。


 アネスの視界は黒一色になっていた。

 ゆっくりと瞼を開けた自分に、気を失っていたのだと気づかされる。

 それでも目前には、押し迫ってくるような暗黒と無音があった。

 どこからか自分を呼ぶ声がした。それがダイガンのものであると知ると、アネスは応じた。

 ――ダイガン先生、ジスードも、お二人ともご無事ですか?

 ――念話が通じたようだね。

 ダイガンからそう返事があり、アネスは識のヘキサートである心と心の会話ができていることに驚く。学生部になってから習うと聞いていた術だ。これもアルテワーキによるものだろう。

 ダイガンは続ける。

 ――ジスードくんも君も、私のヘキサートで山の下に埋もれずに済んでいる。大丈夫だ。

 アネスの知る限り、ダイガンの使っている術は透明な隔たりを作り敵の攻撃を防御するというもので、空のヘキサートに分類される。空間を石や氷のように硬め、防壁とする術だ。

 アネスはほっとするも、状況を転じるためにどうするか、ダイガンの次の言葉を待った。

 ――さて、ココーネくんの体を傷つけずに救うには、私が最大限に力を引き出す必要がある。肉体ではなくその中にある、メゾムのオクタ・ダークのみを倒す方法はそれしかない。

 ――そんなことができるんですか?

 ――聞いたことはないかな? ブレイガの力とブレイガイオンという武器の伝説を……。

 ブレイガの力とブレイガイオン……。

 アネスは以前、オンリーアのアパートでクルイザが言っていた言葉と同じものだと気づいた。

 あのときは自身のヘキサ・シンを取り戻すために必須な力や武具であったと聞いており、それに救いを求めていたため、どうも神々しいイメージがある。

 だが、クルイザの発言よりも、ダイガンの言わんとしていることの方が、自分との関係や立ち場上事実として受け止められそうだ。

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