第十三章 それぞれの戦い④

「四士会が一年前の一件から、一枚噛んでいるのは間違いなさそうだ。ノイルくんとメゾム、彼らの関係性を知るためにも、早めに加勢したほうがいいだろう。試合の延長線上とは異なった状況でもあるようだ」

 アネスはそれを聞き、自身の課題をクリアすることが急務だと知った。

 リリース、穴ヘ玉を放つ、通らず消える、を数度繰り返した時点で、アネスは深く深呼吸をした。

 ――このままじゃ、ウォルゴたちが危ない……。でも焦っちゃいけない。どういう気持ちでこの課題に臨めば……。

 数分前、ダイガンの言っていた言葉が、思いの中に浮上した。

 アルテワーキとは、慈悲の力――。

 放送機器の音が、先程よりも小さく聞き取りづらかったが、ゴンダの大技にウォルゴはまだリングの上で伏すことなく立っていることを聞いた。そしてルビーシャもまだ氷塊に閉じ込められたままだということも。

 ――助けるんだ……。友達を……。

 すっと、同じように片手を前方へと延ばす。

 胸の奥の鼓動が聞こえてくる。

 放送機器からの声が風になったように、ただ、アネスの頬を過ぎていった。

 ――ウォルゴ、ルビーシャ……。君たちも苦労が絶えなかったはず……。僕のせいで、そして僕のために心を砕いてくれた……。

 岩に空いた穴ヘ、手のひらから光が瞬く。

 瞼を閉じたまま、友の顔を思い出しアネスは切に願った。

 ――君たちに恩を返すために、僕は君たちを助ける……。君たちがしてくれたように……。

 片手から微かな温度を感じた。目を閉じていてもわかる。光を放ったときの感触だった。細やかでありながら、確かな力の解放――。

 光の玉は一つ目の穴を抜け、そしてもう一つの穴をも通り抜けていった。


「さあて、そろそろグシャグシャにするころかなあ?」

 不気味な笑みを見せつけるミュールを、氷越しにルビーシャは凝視していた。

 悔しさが心の底から煮えたぎってくるようだ。

 ――こんなちびっこになんて負けたくない……!

 ルビーシャが強く念じる一方、ミュールはケタケタと笑いつつ、

「あの子も馬鹿だよねえ。ヘキサなしに誘惑されて、森にしのびこんだんでしょ?」

 ココーネのことだろうか。ルビーシャの体を封じる氷の表面に、水気が出てきていた。憤怒の炎が燃えたぎる。

「あれだっけ? 親が平和のためにオクタージェンとは手を取り合うとかって言ってるんでしょ? ほんと馬鹿な子、そして馬鹿な家族……。あんたたちはあちしらに倒されて当然。だってあちしらよりも身分が低くて馬鹿で愚かなんだから!」

 ミュールが袖をめくり、小さな木の葉のような両手を手前に差し出しながら、それをくるくると回し始めた。

「ミュール選手、突然手を回し始めましたね、ボーノさん?」

 ナキムが目を丸くし、そうボーノに問いかける。

「あれは氷に閉じ込めた敵を、氷ごと粉砕する技です。水のヘキサートにおいてはそう奥の手というほどではありません」

「さあ、ルビーシャ選手、どう出るのでしょうか!」

 ミュールのヘキサートによって、氷が掘削されるかのようなけたたましい音が鳴り、ルビーシャの頭上から追い詰めていく。

 しかし、この状況に多少の違和感を抱いたのはミュールだけのようだ。ゴンダの成り行きを見守る余裕もないのは、やけに氷を削る感覚に手応えがないからだった。

「な、なんか変な感じ。いつもかちかちでごりごりして気持ちいいのにそれがしないのは何で? 何だか、妙に暑いし……」

 やがてその熱を帯びた感覚が、実体となってミュールの目に飛び込んでくるのに数秒とかからなかった。

 リングの上に熱の込もった白煙が瞬く間に立ち込め、水が熱い鉄板の上で蒸発するかのような音が辺りにこだました。

 ミュールは熱風の中、煙よけに額へ手を添え状況を見極めようとする。

 赤々とした炎を体に纏い煙の中から現れたのは、虐げていたはずの栗毛のボブカット、ルビーシャだった。

「そ、そんな……。あちしのヘキサートが下々に効かないだなんて……!」

「あたしの友達を馬鹿にしたこと、後悔させてあげる……!」

 そう言い放ち、ルビーシャは両手を一度広げた。

 みぎゃあああっ! と悲鳴を上げ、背を見せて逃げ出したミュールへ、ルビーシャは広げた両手を突き出し声高らかに唱えた。

火鳥風烈かちょうふうれつ!」

 燃え盛る翼をはばたかせ火炎の尾を引いた赤熱の禽獣が、ミュールを包み吹き飛ばした。

 リングから観客席まで熱波が迸り、観覧席の一部にもたれかかりながら気を失うミュールの姿が、ルビーシャの目にしかと焼き付けられた。

「友達のためにあんたを倒す……。例え身分が低くても、それだけで気分は上々だよ!」

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