第十三章 それぞれの戦い③

「なぜ、ブライコーダ流から離れた? その後の貴様も、剣術自体から離れていったと聞いたが……オレは貴様みたいに強くなろうと努めた……。なぜオレたちはこんな無駄な争いをしなきゃならないんだ、カナリ! 目を覚ませ!」

「黙れ!」

 雷光を伴う眩い迸発が、カナリから解き放たれ、レザークを過ぎりつつ斬りつけた。

 レザークは張り詰めていた縄を緩めたように、ゆらりと地へ落下していった。

「仕留めた? わたすでもすとめられたか?」

 あの毒舌野郎を倒せた――、そのことにカナリも気が緩んだのか、つい故郷の訛りが出てしまった。

 確認しようと、カナリも木の下へと着地した。


 前方に伸ばした片手に意識を集中させる――。

 リクシリア校の屋内運動場が大きく揺らぐような気配を漂わせる一方、アネスはダイガンとの特訓に心血を注いでいた。

 二つの小さな岩山の向こうにはダイガンがおり、その近くには音石器という小さな機械から何かの放送が流れていた。

 静寂に包まれたここら一帯に、音石器からの音声が響く。

 アネスはずっと手前に静止させたままの手のひらに思考が没入していく感覚に陥っていく。

 ヘキサリリース……。

 呟くように唱えたアネスの体には、光を帯びた模様が浮き出る。肩から上にも赤い光が噴き出、その光が合わさりさらに頭上へと逆上った。

 アネスは手の先から光弾を放った。

 光の玉は二つ並んだ岩山の小さな穴を通過しなければならない。

 穴の大きさは見た感じ、アネスの拳よりも小さく、今しがた発した光は穴の中を過ることなく、一つ目の穴で消滅した。

 それをダイガンは黙って見届けていたが、アネスに助言した。

「何度も繰り返していくしかない。だがあまり時間的猶予がないのも確かだ。ゆっくりはしていられない」

 ダイガンの言い様に、アネスは口を閉じたままでいるのも堪らずにいた。

 これまで、ダイガンという大御所から個別に指導を受けてきたが、大半が嫌な経験だった。大勢の同級生にこけにされ、蔑まされてきた。耐えなければならないことだったものの、アネスはこの時たまりかねていた。

「どうしてダイガン先生の言うとおりにしなければならないんです? アルテワーキという凄まじい力を秘密にしていたのはまだ納得できますが、それなら最初からこの特訓をしてきた方が即戦力になったのではないですか?」

「アルテワーキはその力の凄さゆえ、体力の消耗も激しい。それは君も自覚はなかったとはいえ、体感したはずだ。これまでの解放のみの特訓で、君はあるテクニックを身につけ始めていた。それが、ヘキサ・シンの〝常解放じょうかいほう〟だ」

「常解放?」アネスは目を丸くした。これまで普通にこなしてきたあることに、この瞬間合点がいった。それはダイガンの次の言葉からも言えることだった。

「君はなぜ君自身が、レザークくんや他の優秀な生徒と、解放せずに何とか渡り合えてきたと思う? それこそが常解放の有意義な結果だった。レザークくんには毎度手を焼いていたようだが……。アルテワーキを上手く操るためには、常に、そして小出しにヘキサ・シンをリリースする技術が必要だった。君に恥をかかせてしまい申し訳ない思いもあったが、どうやら時も待ってくれない状況にある。すまないが……」

「そ、それなら納得です……」

 ある意味ダイガンに認められているとも捉えられる言動に、アネスはそう答えるだけで、それ以上は何も言えなくなってしまった。

 その時だった。

 ダイガンの足元にあった小型放送機器から、大きな声が発せられたのだ。

〈おーっとぉ! ゴンダ選手の大技が決まったあ!〉

 ナキムの実況だった。次いでいつものようにボーノの解説が入る。

〈でっぱりという技ですね……。ゴンダ選手も放送室から見た感じ、ウォルゴ選手に次々と技を決めていきますが、ウォルゴ選手はじっと耐え抜いたままです〉

〈このまま行くと、ゴンダ選手の勝利ということになりますが、ボーノさん、果たしてそこらへんは?〉

〈ゴンダ選手がでっぱりを使うというのも、彼が四士会に入ってから見る機会はありませんでしたね。恐らく、ですが、私と同学年ではありますが、ダギョウズモウという競技において、ゴンダ選手がでっぱりまで使うというところを私は見たことがありません〉

〈となると、窮地に陥っているのは、ウォルゴ選手のみではなく、ゴンダ選手も同じということでしょうか。突然始まりましたこの勝負、他にミュール選手とルビーシャ選手の対決も同時進行中ですが、ルビーシャ選手、氷漬けにされたまま一向に動きがありません〉

 などと、どうやらアネスがムニにここまで連れて行かれた後、四士会の二人とウォルゴ、ルビーシャが決闘を始めたようだ。

 アネスはこの放送が、静謐なこの岩場で戦況を伝え、刻一刻と時間が変化していくことに焦りを感じ始めた。

 ダイガンは足元にあったその小型機器を手にし、機器のつまみを回してボリュームを小さくした。

「ナキムくんとボーノくんの放送は毎週楽しみにしていてね。君の集中に事欠くだろうから、今日はこれで聞くのを止めようと思ったのだが、思わぬ情報だった……」

「ウォルゴとルビーシャのために僕も急いだ方がよさそうですね……」

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