第十三章 それぞれの戦い②

 ウォルゴは頸部についた張り手の赤く腫れた跡と、それにより損傷した唇から血を流し、痛みを堪えつつ立つだけがやっとだった。

 ウォルゴはゴンダを色のない目で静かに見据える。

「なんか痛みに耐えるだけしか取り柄なさそうじゃねえか、ウォルゴ!」

 ゴンダが嘲るように言う。

 のっしのっしと巨躯を揺らして、ゴンダは慎重になる様もなく、自分の間合いにウォルゴを入れた。

 ヘキサ、リリース……、とゴンダは詠唱した。

 ウォルゴはようやく口を開く。

「オクタージェンと組んでるのに、ヘキサ・シンを唱えるのか……?」

「黙っとけ、木人! 〝ぢっぱり〟!」

 ばちんっと、ウォルゴの顎に下から手掌をぶつけた。上の前歯と下の前歯が、ガチンと、紙を裁断するような強い感覚に気を失いかけた。

「八〇〇マイナス二〇〇……」

 ウォルゴのか細い一言に、ゴンダは首を傾げた。

「何か言ったかあ?」

「いや、お前ほどの実力でよく四士会になれたと思ってな」

「情報開示料だ。〝づっぱり〟!」

 ゴンダの突き出した掌が、ウォルゴの真正面から入った。

 鼻から血が鈍く床に滴る。

「目的は嫁だ! 俺は女にモテたくてな。四士会に入れたのは、ミュールとその親たちの口利きがあったからでよ。ハイヤコリンってミュールの家と俺んちは、古くから主従関係にあるんだ。ミュールが大人たちに俺のことを話してくれた……。だから俺は四士会に入れた。知ってるか? 俺たちの選挙のとき、対抗馬がいなくて白紙で出すやつが多かったんだ。だから俺みたいなやつでも四士会になれた。元々ミュールが気を回してくれたってのもあるがな。ミュールの言うことなら何でも聞く。椅子になるくらいどうってことはねえ……」

「六〇〇マイナス二〇〇……」

「お前さっきからなにぶつぶつ言ってんだ……? 話をちゃんと聞かなかった料、〝でっぱり〟!」

 ゴンダが一度、両膝を深く曲げバネのように空中を飛んだ。宙でうつ伏せの姿勢になり、ウォルゴを恰幅のいい腹とリングの床で挟み潰した。


 ――ウォルゴ……!

 仲間の凄惨な有様に、ルビーシャは涙が出かかった。

 ――もう負けないって、泣かないって決めたのに……! 

 あの日、ココーネはルビーシャに言った。

 〝あなたとわたしは同じ。国や髪の色が違っても〟

 成績が芳しくなかった中等部の頃。

 他人ともあまり親しくなれなかったルビーシャは学業に覚束ず、担任から落第点だと突き付けられてしまう。

 ココーネはそんなルビーシャに手を差し伸べてくれた。クラスワンから落ちないようココーネに色々と助けてもらった。

 先日ムニが学校に入ったばかりの時にムニはこう言っていた。

「ヘキサージェンになるため……」

 友達をあえて作ろうとしないつっけんどんな態度に、ルビーシャは激しく注意した。

 しかし独りよがりなところや、その言葉から窺える直向きさから、ルビーシャは自分を重ね合わせあの場で冷静さを取り戻せたのだった。

「氷の中で泣いてるよ!」

 ケラケラとルビーシャを指さして笑うミュールを見て、ルビーシャはある勝機を掴んだ。

 氷の中で泣ける……。

 ヘキサートにおいて、イメージの強弱は、その威力を左右する大事な目安だ。

 凍らせているのに、その中で意思を持ち、息ができる。そして友を思うことができる。

 それはミュールの本当の実力が暴かれた瞬間と言ってもいいだろう。


 いくつもの木々を超え、レザークはひたすらにオクタージェンであるセピア色をしたメゾムと、ココーネの体をヘキサートで軽々と抱えつつ枝から枝へと飛び乗るカナリ、そして高等部の生徒代表であるジスードを追跡していた。

「ダイガン先生、すみません。先日のご指導に反しますが、どうしても仲間を助けたいのです」

 レザークはそう独り言ちた。

 カナリは枝の上で立ち止まり、メゾムを呼んだ。メゾムは風に吹かれる布切れのような所作で、カナリと同じ場所にやってきた。

「ムニが裏切り、当初の計画が台無しに……」

「奴が仕留めた生け贄も、偽装だったようだな」

「生け贄はどういたしましょう?」

「数の大小は問われない。こうなるとこだわってはいられないが……」

「レザークという生徒、私にお任せください」

「では私は再びこの体を借りるとする。ダイガンとアルテワーキが気になるが、まあ、こちらにも手はある」

 では、と深々と頭を垂れたカナリを尻目に、メゾムはココーネの体に再び入ると、ジスードを追った。

 レザークはカナリの姿を見、腰にあった、閃刃・改を抜刀した。

「貴様ほどの才能を持った奴は、何十年ぶりだと師範も言っていたぞ、カナリ!」

「だからなんだって言うの?」

 カナリも腰から剣を抜いた。スラッと闇に光る刀身。その尖端をレザークへ向ける。

「オレよりも素質はあった。あの厳しい師範が、貴様を認めていたんだからな」

 すでに二人ともヘキサ・シンは解放している。闇に浮かぶ蛍火のようなカナリと自身のリリース後の発光は、レザークからしてみても神秘的なものに見える。

 カナリは雷を帯びながら、レザークのいる方向へ飛翔した。

 青い稲妻が闇にまたたく。

 枝を斬られ、レザークは咄嗟に近くの枝木へと飛び移る。

「貴様を超えることが目標だった」

 カナリも足場となった太い枝を蹴り、再びそう述べるレザーク目掛けて飛んだ。

「だから、それがなんだって言うのよ!」

 ガキンと剣と剣の押し問答のようになる。刃物同士が重なり合う音がする中で、レザークはカナリを説得しようとする。

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