第十三章 それぞれの戦い①

 リクシリア校内の屋内運動場――。

 その放送室には、緑色の髪のナキムと黒眼鏡をかけたボーノの姿があった。

 二人は椅子に座り、腿の上に台本を広げて打ち合わせをしていた。

 放送部は毎週末に夕方から数時間の生放送を実施しており、生徒の中にはそれを楽しみにしている者もいた。

 内容は各部活動の国内外での試合結果や、奮闘した経緯などを伝えたり、教科にもあるヘキサ・シンの教えを学ぶために教員を招いて教義を説いたり、流行の音楽などを流したりする。

「とりあえず、今夜の枠に関してはそんなもんか?」

 ナキムの言に、ボーノはフラットな感じで返事をした。ナキムはそれが気になったようで、

「何だ、つまらなそうだな、ボーノ?」

「今夜のいつもの放送に関しては、問題ない。台本もいつもどおりだ……」

「それにしちゃ、何か悩ましげだな」

「俺たちも来年は学生部だぜ?」

 様子のおかしいボーノの心境が吐露されたようだ。ボーノは小さく肩をすくめ、

「明らかに後継者不足だ……。学生部になったら、各国にあるヘキサージェンの駐屯地に行って、実務訓練に明け暮れるって話だ」

 ボーノは言いながら、鼻梁で支えただけの耳掛けのない黒いグラスを指先で整える。ナキムは深く顎を引き、まあ、そうだがな、と神妙な顔つきで答えた。

 放送室の扉が開け放してあったのは、特段警戒するようなこともないからだが、そこへ会話が外に漏れていたのか、長い茶髪の新聞部部員ズフクと、前髪を少し生やした刈り上げ頭のフォドが、椅子に座る放送部部員二人の間に割って入ってきた。

「僕らも同じだよ、ナキム、ボーノ……」

 言いつつ、ズフクは自分とフォドの椅子を用意する。フォドは前に置かれた背もたれのない椅子に座り、軽く首をすぼめた。

「リクシリア校の報道機関も俺らの代で終わりかねえ……」

 むーん、と四人とも腕を胸の前で組み考え込む。

 放送室には音石という、音から音を伝わせる石がある。奥まったところにあるはめ殺し窓の下にその石があり、それが放送機器へと伝わり、離れた場所でも話すことができる。

 ナキムは意気消沈気味の三人を尻目に、窓の外の何かに気づいた。

「おい、見ろ……!」

 ナキムの声が震えている。恐怖か驚嘆か、その震え声に尋常ではないものを感じたのか、ナキム以外の三人も一様に窓の外――屋内運動場に設置されている三つのリング――に見入った。

 ボーノの漆黒のグラスが光る。

「あれは、高等部の四士会か?」

 ズフクが耳まで覆う茶髪の先を手で触りつつ、

「ゴンダと、奴が抱えてるのは……、あのオレンジ髪、もしかしたらウォルゴか?」

 フォドは後頭部を掻き掻き、

「ミュールもいるな……。手を掲げてるのは、その後ろで白く固まってるブツを空のヘキサートで運んでるからか。見た感じあのブツの中身はルビーシャじゃないか?」

 ナキムが窓に食い入りながら言う。

「何か始めるみたいだな」


 三つのリングの中央を空け、両側のリングで、ゴンダとウォルゴ、ミュールとルビーシャが対峙していた。

 放送室に残ったナキムとボーノは、スクープの臭いのするリングの方へ駆け下りていったズフクとフォドを窓から見守りつつ、二人は別々の音石を掴んだ。

 リングと観客席の間には石敷きの床と、仕切りのようなものがあった。その仕切りの裏側を、ズフクとフォドは息を潜めて走り抜ける。

「何かおっ始めんのか?」前を行くズフクの言葉にフォドの顔がにやける。

「こりゃ久方ぶりのスクープかもな!」


「こんくらい間がありゃあ邪魔にならねえだろ? ミュール!」

「だいじょぶ!」

 と片手を挙げ、満面の笑みでミュールがゴンダから視線をそらした先には、氷塊と化したルビーシャの姿があった。

「みゅーん、むむ……」

 人差し指と親指をくっつけ、できた穴からルビーシャを注視する。

「もう勝負はついたかな? あちしくらいの実力で敵わなきゃ、進学も難しいかもよ?」

 凍らされたルビーシャは直立のまま、氷の中からミュールの声を聞き取っていた。

「あんたの言うとおり、大人たちで話し合いしたらしいの。こちらから幾らか札束出したら卒業までクラスワンにい続けていいって話になって……」

 淡々と悪事を話すミュールを見ながら、氷に閉じこめられたルビーシャはどこか体を動かせる余裕があるような感じがした。

 惨敗かと、最初は落胆しそうになった。

 ミュールの実力を同じ高等部でも見落としていたのは、特に相手にすることもない存在だと思っていたからだ。

「それにしても、あちしらに歯向かうとは馬鹿だねえ……」

 嘲笑し、ミュールが視線を送った先には巨漢のゴンダと立ち尽くすだけが精一杯の様子のウォルゴがいた。

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