第十二章 歴然たる力④

「どうやら本当の自分に気づいたようだね、アネスくん」

「ほ、本当の自分?」

「君のヘキサ・シンの気配がみなぎっているようだ。君は何も自分を失ってなんかいない。君は苦しい最中でも自分を持っていたんだ。ココーネくんと一緒にね」

「気づいていたんですか? ココーネが僕の中にいることを?」

「何となくだがね。アルテワーキの本質的な力は慈悲だ。怒りや力の迸りは表面的なものにすぎない。そしてアルテワーキは未だにその力がはっきりとわかってはいないんだ。それに紐づくブレイガイオンという存在もね。一年前の森で窮地に陥った君は慈悲の力によって、ココーネくんを助けた。本来であればヘル・マを倒すだけの表面的な力だけ出せればよかったのだが、その奥底に眠る慈悲の力が、光となってココーネくんを包み、君の内奥で一年間守られていた。アドアゾンはココーネくんの肉体のみをさらうことができたようだが……」

 様々なことが一気に解き明かされていったようだった。ダイガンは続ける。

「君のヘキサ・シンは制御できていない状態だ。だから下手にココーネくんの精神顕現体を君の中から引き出すことは、慎重に期さなければならないことだった。ゆっくり解放の練習をしていくことは、一年前の森のときのような力の大放出を再び行わないためでもあったのだ」

「そうだったんですね……」

 ダイガンからの特訓を続けることは、森で起きた力の暴走を再発させないために必修だったのだ。

 アネスは静かに息を吐いた。

 諸々の悩みや疑問が消え、穏やかな安堵感が訪れた気がした。

 だがまだやらねばならないことがある。

 ダイガンはムニの方を向いた。

「手筈通りで感謝しているよ。スレイユさん」

 ムニ――スレイユ――は、ダイガンにそう言われ、頬を赤く染めながら、両頬を両手で包み体をくねらせた。

「い、いえ、そ、そんな、私はダイガン先生のおっしゃることであれば何でも……」

 ムニの変貌ぶりに、アネスは奇妙なものでも見る目になってムニを見つめた。

「ムニ・ユイツって偽名だったんだ?」

 ムニはその視線に体を小さく強張らせ、再び態度が急変した。

「そ、祖母の結婚する前の名前だ。この間話した、ズークルーが私の故郷で襲われたという話は事実だ。少し嫌われるような言動だったかもしれないが、すまなかったな……」

 ムニはダイガンに向き直り、らしくないはきはきとした調子で、

「で、では、リクシリア校へ向かい、さらわれた生徒の保護を!」

「頼みました!」ダイガンは少し大きめの声で言った。

 ムニは、ヘキサ、リリースと詠唱後、ふわりと宙に浮き飛び去った。


 場所を変えるようで、歩き出したダイガンにアネスはついて行った。

 最中、アネスはダイガンからノイルのことを聞いていた。

 数日前、主犯格であるノイルを裏で操っていた何者かがおり、それがオクタージェンだったという話を。

「そのオクタージェンは偽名を使わず、ノイルくんの手を引いていたようだ。本名そのものが偽物である可能性も大いにあるが、私はその名を聞いたとき、これは私に対する宣戦布告であると悟った」

 その名とは……、アネスは黙してダイガンの次の言葉を待った。

「それはやはりメゾムという名だ。私が何年か前に仕留め損ね、精神顕現体となって、世界をさ迷いつつ弱き者を操っては、不幸にさせた……。これは私の責任でもある」

 前を行くダイガンの歩みが止まった。

 闇の中、視界も利かない場所でダイガンが音も無く手をかざすと、光石の入ったいくつものランプが灯された。

 白い光が十分に闇の中を明るくし、岩盤の開けた地に身の丈くらいの岩山があるのを見つけた。それはアネスのそばに間隔を開け二つあり、中心部には小さな穴があった。

「〝ダーク・ヤ・マタ〟という八人の実力者たちが、オクタージェンにはいる。なぜ八人なのかは、オクタージェンの属性が八種あるところからきている。強さの順ではないのはヘキサージェンと同じだが、闇、地、水、火、風、空、識、光、という属性それぞれに〝一首〟と言われた強い術者がいる。メゾムは〝地の一首〟だった女だ。強さが故、私も討ち取るのに力及ばずだった……」

 千匹のヘル・マを倒したというダイガンでさえ手こずるほどの強者――。

 アネスは今、自分が高等部という未成熟な存在であることと、アルテワーキというあべこべな力を持っていることが、この戦いでは場違いなのでは、と思わずにはいられなかった。

 自分に敵うはずもない――。この戦いに勝てるはずもない――。

 アネスがこのとき落胆の面持ちだったのを、ダイガンは指摘するように、

「一首という強敵でも、君のアルテワーキを精細に操れるようになれば、その強さは上回る」

「ですが、僕では役不足です。こんな未熟な人間では……」

「だからここへ来た。見たまえ。この岩の穴は、もう一つの岩の穴へと直線上にある。力の加減ができれば、この拳くらいの小さな穴を通せるようになる。それができるようになるために、今から特訓だ!」

 ダイガンの提案を断わる理由がなかった。あるとすれば、アネスの心に蠢く臆病との話し合いだった。

 しかし己心と歩み寄る交渉をしている場合ではない。

 ――どうしてもダイガン先生の特訓は避けられない……。自分の弱さと向き合ってばかりはいられないんだ。取り残されたウォルゴたちだって戦っている。僕だって……。

 アネスは力を込めた眼差しで、ダイガンを見つめた。

「ぜひ、やらせていただきます!」


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