第十二章 歴然たる力③

「あまり考えすぎるなよ、アネス……。悪いのはお前じゃない。悪いのはそれを悪用しようと、お前をさらおうとしたあいつらオクタージェンだ」

「でも、だったらなぜ、僕はこんな力を⁉ 僕がこんな力さえ持っていなければ、ココーネはあんなことにならなかっ……」

 ムニが力任せにアネスの胸ぐらを掴んできた。

「いい加減、自分のせいにするのはよせ!」

 ムニの強かな碧い瞳が、アネスの目の奥にまで注がれてくる。

「わかっているのは、お前の力がオクタージェンや四士会連中には脅威になるってことだ。自分たちを脅かす力だからこそ、お前をさらおうとしたんだ。そこにちょっとは自信を持て!」

 クルイザが言っていたのは、失ったはずのアネスのヘキサ・シンをアルテワーキという力で再び自分のものにできる、ということだった。しかしあの場には、オクタージェンに組みしている節のジスードもおり、クルイザもオクタージェンであった可能性が高い。

 そもそもジスードは、カナリの話によればヘキサ・シンの力の度合いが平均値より下回っているとのことだ。アネスはそれが気になった。

「ジスードのヘキサ・シンの値が低いのは知っているけど、僕が狙われたのは、それにまつわるってこと?」

「元を辿れば、私はヘキサージェン内の特務機関に属するスレイユという名で、ここ何日かココーネの身辺を調査してきた。メゾムというオクタージェンの企みに便乗しつつ、動きながらな」

 スレイユという名は、レザークからも聞いていた。レザークはスレイユに諭され、学校から避難するよう指示されたそうだが、レザークはそれに不信感を抱き、その指示を無視した。組織の縦線という厄介なお約束事だろう。ヘキサート省勤めのレザークの父が、スレイユの所属する組織に口利きしたと考えられる。

 スレイユかムニか。どちらの呼び方が正しいのか。今はアネスにはムニと話している感じしかしない。

 ムニは続ける。

「さっきのあの場に居合わせたからこそ、真相を突き止められた。私のこの目にしかと焼き付いている」

 間近に迫っていたムニの碧眼が事実を知り得た喜びからか、やや細められた。ムニは立ち上がり、

「ジスードのヘキサ・シンの値が低いのは子供の時からだ。長男でもあったあいつは、親からは将来を見限られ、弟たちからは軽視され跡継ぎも弟の一人に、という決まりから劣等感を抱き続けてきた。それでも学校にいられたのは箔をつけるためだけだったようだ。座学はいい成績らしいからな。どこかでオクタージェンと接触する機会があり、ジスードの鬱屈した気持ちは、オクタージェンにとって操るいい材料だった。メゾムはオクタージェンの中でも上位の術者だった。ダイガン先生に倒され、オクタ・ダーク体のみの状態となったが、メゾムは汚名返上のチャンスを今か今かと待ち受けていた。メゾムの目的は自身の肉体をものにすること。ジスードの目的はヘキサ・シン、あるいはオクタ・ダークといった、精神顕現体を手に入れること。どちらもアネス、お前の肉体とアルテワーキがお目当てだ……。モテモテだな」

 それを聞き、アネスの胸の底から、ふつふつと熱が湧き上がった。

 ココーネの体を弄び、自らの体裁のために、アネスの生活をも翻弄させようとした。

 アピセリアとして偽り、近付いたメゾム。そして自身の欲望を満たすために、アネスを騙したジスード……。

 オクタージェンへの常にある怒りや嫌悪は、このとき、いやましてアネスの胸奥に炎の如く燃え盛っていた。

 しかし、アピセリアの見せてくれた、アネスの心との邂逅、あれは真実なのか。

 そしてジスードにも問いただしたいことがあった。憤怒に身を任せなければならないことがあっても、アネスはどこか、ジスードとアピセリア、あるいはメゾムを信じたかった。

 ……俄然面白いと思った……

 以前、ジスードはそう言っていた。優秀な一族が優遇されることもある、このヘキサート学校の暗黙のルール。ジスードはそれに苦しめられてきたのかもしれない。技術面において、程度の低さに暗澹たる思いを抱き続けた末に、型破りな平民出身のアネスに完敗させられたことが、ジスードの人生観を一変させたのだろうか……。

 それを確かめるためには、学校へ戻らなければならない。

「早いとこ、ここから離れなきゃ。学校にまだジスードやレザークたちはいるはずだろうし」

「待ちなさい……」

 どこからか声が聞こえた。

 その声に覚えがあったアネスは、空中から降りてきたダイガンに一瞬驚いた。

「ダイガン先生!」と叫んだのは、ムニだった。

「状況から見て、または、アネスくんのヘキサ・シンの様子を見て……」

 銀髪を刈り上げた老齢の教師は、そう言って顎先に手をやった。

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