第十二章 歴然たる力②

 ラナイアの機器越しの声に、雑談していた多くの生徒は話すのを止め、ラナイアに注目した。

「わたくしは、モンドルスという家名を背負っておきながら、つい先日、家名を汚すような行為に及んでしまいました……。アネス様に特訓を申し出、ヘキサートを頑丈なアネス様の体に向かって放っていたのです」

 場内がざわつく。ラナイアが恥ずべき行いを告白したことで、そのざわめきの中には、ラナイアを侮辱したり、家名の知名度が低いことを揶揄したりする声などが混ざる。さらにはアネスへの悪口もあった。

 だがラナイアは、一歩も引き下がらなかった。

「中にはアネス様が個別にダイガン先生から特訓を受けていることに、不平等だと怒る方もいらっしゃるでしょう。アネス様もそういった方々から直接ではないものの、悪口を言われ肩身の狭い思いをしていたのではないかと……。アネス様とは密接な関係ではありませんが、彼自身嫌なことだったと、わたくしは如実に感じるのです。なぜなら、それはわたくしだったら耐えきれないことだからです。アネス様は、ご自分にそういった感情をぶつけたい方がいると知った上で、ここ半年以上、ダイガン先生と特訓してきました。それと同じことがあなた方にできますか?」

 ざわめきが収まりつつある中、ラナイアの問いかけに、アネスの過ちが原因だと、鋼鉄の森へと忍び込んだことを蒸し返すような声を上げる者がいた。

「確かにその通りです。今も収容所にいる主犯格にそそのかされ、アネス様は過ちを犯してしまいました。しかし、皆様もご存知でしょう。アネス様は約半年間に渡り、リクシリア国内の農家や寺院に赴き、奉仕作業をし、その罪を償おうとしました。それは今でも続いていることにお気づきでしょうか?」

 生徒の群れの中から、気づいていない風な声や、すでに承知している声などが飛んできた。

「そうです。アネス様はことあるごとに裏方に徹し、誰かの支えになるよう努めてきたのです。確かに、アネス様はしてはいけないことをしました。ですが、わたくしに訓練を施してくださったり、裏方に回って人一倍働いてくださったり、すでにアネス様の罪は、償われてきている感じがわたくしにはするのです」

 再び場内が、騒がしくなった。

 確かに、その通りかも、あいつの影での活躍は俺も見たことがある、などと生徒らの声が、アネスに対して前向きな様相を呈し始めていた。ついには――、

「俺はアネスを認める」「私も!」「そうだな、あいつはあいつなりに償いをしてきたな」「頑張ってきたのは間違いないわね」

 アネスに対して肯定的な言葉が増えてきた。食堂内の喧騒が、アネスへの賛辞の声に満たされていった。

「みなさま!」

 ラナイアの一声に、生徒たちの声が止んだ。

「今宵の主役は、もちろん、ココーネさんとムニさんですが、もう一人――そう、アネス様を主役としてお迎えしたいところですが、いかがでしょうか!」

 拍手喝采に食堂内は揺れた。

 そして、アネスの名を連呼し始めた一人の生徒から、やがて全員に波及していった。

「ア、ネ、ス! ア、ネ、ス! ア、ネ、ス!」

 その光景に、ラナイアは感極まり瞳が涙でたゆたんだ。

「アネス様、これからもわたくし、ラナイアがご恩返しをして参ります!」


 アネス――。

 どこからか、アネスを呼ぶ声がした。

 一枚の葉が、音も立てず水たまりに滑り落ちるような。やがてそれは大きな波紋となって、アネスを覚ました。

「アネス!」

 重い瞼をこじ開け、アネスは視線の先に映える相手が自分を呼んだのだと理解した。

「アネス、大丈夫か?」

 その声の主は、金髪をポニーテールにした碧眼の少女、ムニだった。

「ムニ……、僕は何を? ここは?」

 どこかの岩場のようだった。すでに夜も更け、ここがどこなのかもわからない。

 状況を把握しようと頭の中を整理する。その代わりとなって、ムニが説明してくれた。ムニの説明によって、アネスの記憶も徐々に取り戻していった。

 アピセリアがココーネの体から出てきた。カナリを頼っていたものの、彼女もジスードと何らかの企みがある。そしてアピセリアはアネスの胸の辺りから、ココーネらしき光を帯びた人影を取り出した。さらに、クルイザから聞いていた、アルテワーキという究極のヘキサ・シンを自分が内包していた――。

 アネスは片手で頭を抑えた。

「そうだ……。あいつらの話では僕がアルテワーキだった。ココーネがあの時、僕を庇ってアドアゾンに取り込められたんだ……。僕のアルテワーキのせいで……。そしてアピセリアも、まったく違う人だった……」

 つい先日までアピセリアを信頼し、どこにあるかさえわからないアルテワーキをほうって、アピセリアがアネスの抱えている悩みを解決してくれると思い、頼る存在にまでなっていた。

 ――でもアピセリアは妖精でも、導き手でもなく、オクタージェンだった。

 アネスは何とはなしに額にあった手のひらを見つめた。もう片方の手も同じ位置にやって、漠然と眺めた。

 ――でも、今は……。今の僕にはヘキサ・シンがあるのか?

 そうであれば、問題は一つ解決された。だが、身の内にあったとされるココーネのヘキサ・シン体は敵の手中にある。

 それを解決するには難題に違いなかった。

 ――本当に僕がアルテワーキなら、その力を制御できるのか? それで本当にココーネを取り戻せるのか?

 まだ完全にはアルテワーキを信じられず、アネスは両の手で目を覆った。

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