第十二章 歴然たる力①
アネスの胸の中に、メゾムの手が入った。肉体をこじり開けたように感じたが、血飛沫も起こらないその技とはどういったものか。
そして無造作にメゾムはアネスの胸奥にあった何某かを取り出した。
アルテワーキがどのような形状で、どんな色をしているか、果たしてこの場にいた全員が知っていただろうか。
メゾムだけは知っていたかもしれない。
だが、メゾムが取り出した何某かは白く輝き、人の形をしていた。
ぐいっと力任せに取り除いたその人の形は、メゾムと同じセピア色をしながら、仄かな発光から顔形を浮かび上がらせた。
「こ、ココーネ?」
レザークの呟きと、アネスの心の驚きとがほぼ同時だったように思われた。最中、アネスは自分の胸からむしり取られたその人物が何者か確信した。
「な……。こ、これが、アルテワーキ⁉」
メゾムを当惑させる、この光る人影。
アネスはその光景に我に返った。
――僕の中に、消えたはずのココーネが?
そこへ火球が降り注ぎ、アネスの知る声が、辺りにこだました。
「どきやがれ! クソ四士会どもぉぉおおっ!」
拳を前に突き出したまま、突進してきたのはウォルゴだった。ウォルゴの後ろには、ルビーシャの姿が見える。ルビーシャは火のヘキサートで、手を掲げながら火の玉を放つ。
メゾムはココーネらしきセピア色の人影を脇に抱え、ココーネの生身の体をカナリが肩に背負い、ジスードと付近にあった校舎を飛び越えていった。
「待てっ!」無謀か勇猛か、その三人をレザークが追う。
ウォルゴの突進むなしく、ゴンダがその恰幅のいい腹で受け止める。
ウォルゴにしてみれば、仲間の窮地にいつもより力を増幅させた上での技だったかもしれない。しかし、ゴンダの腹部は、小さな水滴が大きな水面に落ちたように、微かに揺れただけだった。
ルビーシャの撃った火球は、ミュールが器用に小さな氷の塊を放ち、霧散させた。斜め上方に差し出した手をミュールは下ろし、ルビーシャと対峙した。
「どきやがれ! デカマル!」
ウォルゴの拳は、デカマルことゴンダの腹にめり込んだままだ。
「友達を助けたいんだろうが、ちと待て……」ゴンダは、ヘキサリリース、と詠唱する。仄かな緑色の光を体から放ち、奇妙な模様がゴンダの顔に現れる。
「知ってっか? 〈ダギョウズモウ〉って競技……」
ウォルゴを見下ろす巨漢がそう言った。
「どっかの国の国技だったか? 腹の出っ張った奴らが、ドヒョウってリングから落ちたり、ドヒョウの中で倒れたりすると、負けなんだってな」
ウォルゴは敵対者であるゴンダの話に、ほんの気の緩みからか受け答えした。
ゴンダの顔が不気味な笑みを浮かべたその瞬間――、
「ダギョウズモウ、ダワザ、〝だっぱり〟!」
ゴンダの懐にいたウォルゴの頸部のあたりに、ヘキサートで強化したゴンダの手掌が決まった。
ウォルゴは痛みというより、強い衝撃で倒れかかるも、心で念じていた。
――一〇〇〇マイナス二〇〇……ってくらいか……。
ウォルゴがゴンダの前で膝をつくのを見たルビーシャはミュールへ視線を戻し、ヘキサ・シンを解放した状態で、数回にわたり火球を放つ。
しかしそれを相殺する、ミュールの小さな氷塊。
辺りに湿気がこもり、蒸し暑くなる。
「みゅーん、むむ。下々の者があちしに牙を向けるとは……身の程知らず!」
ルビーシャも負けじと言い返す。
「黙ってやられろ、変人金持ち!」
「黙るのはそっち! 喰らえ!」
ミュールが両手を前へと差し出す。
これまでのような、氷を精製し投げつける術とは違い、ルビーシャを凍らせようと直接的にヘキサートをかけたようだ。
ルビーシャは途端に自分の体が動かなくなるのを感じ、極度に訪れた冷気によって寒さよりも痛覚を刺激された。
かと思うと――、
「勝負は少しお預け! 凍ったあんたとそこで倒れてるトゲトゲ頭を処刑さしたげる!」
ルビーシャの意識が、徐々に遠のいていく。しかしその最中、ルビーシャはしかと見届けていた。
四士会が並んでいたジョクスの銅像の背後辺りから、近づいていたムニが、膝をついたまま放心するアネスを抱きかかえ夜空を飛翔していったのを。
ルビーシャは心で唱えるように囁いた。
「アネス、みんな……無事でいて……あたしも負けないから……」
高等部の寮内にある食堂では、大勢の生徒たちが食事を楽しんでいた。
ウォルゴが、しばしご歓談のほど、と言い残し、ルビーシャと消えたことでパーティーの進行役がいなくなっていた。
しかし食堂前方の隅では、マイクを持ち硬直する一人の少女がいた。
それは、アネスと秘密の特訓をし、ルビーシャに咎められた深緑の髪をツインテールにした女子生徒ラナイア・モンドルスだった。
ラナイアは汗混じりの手で掴んでいたマイクを握り直すと、前方の中央へと出ていき、
「みなさま! お食事中のところすみませんが、お話を聞いてくださいませんか!」
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